ファントム、コーヒーを飲む5
翌日、3人の姿は佐伯長官の執務室にあった。
「ひとまず、シザーの隠れ家はすべて把握し、ユキに関する資料等はすべて廃却した」
最も、あったところでAEGISが機能しなくなった今、ユキの存在意義は無いのだが、佐伯はつづけた。
「それにしても、派手にやってくれたな、ファントム、クラブ」
「逃げるだけなのは性に合いませんので」としれっと答える灰島に対し、瀬尾は「俺は巻き込まれただけなんで」と、これまた、しれっと答える。
そんな二人に佐伯長官は、心底疲れたという顔で、大きなため息をついた。
「……口答えはそこまでにしておけ。お前たちのその減らず口を聞くために、わざわざ呼び出したわけではない」
佐伯はそう言いながら、目の前の端末を軽くたたいた。
「ヘルハウンド、今回の任務での多大な功績を認め、昇級と一週間の休暇を与える。中東のテロリストには別のエージェントを配置したため、君には新たな任務に就いてもらう」
「はい、身に余る配慮、感謝いたします」
わずかに頭を下げるヘルハウンドに、佐伯は「下がっていい」と告げる。彼は灰島と瀬尾を一瞥して執務室から出ていった。
「さて、お前たちの処遇だが……」
ため息交じりのセリフに、「処遇だなんて」と瀬尾が口を開いた。
「俺はファントムに脅されて仕方なく、ですよ」
こんな言い逃れをする瀬尾だが、灰島はなんの表情も出さずに口を開く。
「クラブの言う通りです。こいつにも昇級を。そして俺には免職でお願いします」
はっきりとそう言い切る灰島に、佐伯は深くため息をついた。
「本気で辞めるつもりか?」
「はい」と即座に返ってくるから、佐伯は皮肉交じりの笑みを浮かべた。
「少し、外の空気でも吸えば帰ってくると思っていたんだがな。私にはお前の考えがさっぱりわからん」
そう言いながら、佐伯はDELキーを押した。すると、画面にあった一つのフォルダーが消えてなくなった。
「音無さんは、うちのアルバイターだ」
「はい?」と間抜けな声をあげる二人に、佐伯はフッと笑って立ち上がり、ブラインド越しに見える街を見下ろした。
「『グレート・サイレンス』。AEGISという、絶対的な守護者を失った今、世界はより混沌とした時代へと突入するだろう。眠っていた亡霊たちが、再び目を覚ますかもしれん」
まるでひとり言のような佐伯の言葉。
「その時が来たら、また手を貸せ。それが条件だ」
「……」
「バイト料は弾むぞ?」
「そういうことでしたら──」
「お前はダメだ、クラブ。今回のことはすべてファントムの仕業だと、お前が言ったんだ。お前には特例でお咎めなし。その代わりAEGISが死んだんだ。コクチョウのセキュリティーに全力を尽くせ」
「……へ?」
一瞬、何を言われたのか、理解できなかったのだろう。ポカンとした顔の瀬尾に、佐伯は、有無を言わさぬ組織の長としての顔で続けた。
「返事は?」
「……はっ! 謹んで、お受けいたします……」
がっくりと、面白いほどうなだれる瀬尾。その隣で、灰島はまるで他人事のように、静かに立っていた。
「ファントム」
「……その時、検討します」
そんな灰島の回答に、佐伯は「はっ」と笑って、二人を見た。
「そうか。では、行け」
それが、別れの言葉だった。 二人のエージェントは何も言わずに、一度だけ頭を下げると、静かに執務室を後にしていく。
残された佐伯は、ただ一人。 これから始まる新しい時代の混沌とした空を、静かに見つめていた。




