ファントム、コーヒーを飲む4
「音無さん。今回は意図せずして手伝わせるようなことになってしまい申し訳ない。あなたのサポートなしでは、いかにファントムといえど、この任務を遂行することは出来なかったでしょう。誠に、ありがとうございました」
「……佐伯長官?」
聞き覚えのある声、そして顔を上げて確信した。
「ファントム、クラブ、そしてヘルハウンドもご苦労だったな」
そこに立っていたのは、彼らの上司だった。
「ちょっと待て、音無……?『サイレント・マスター』音無惣一なのか……!?」
ヘルハウンドのセリフに、灰島も瀬尾も疑問符を浮かべるばかり。
「だから! あの音無だろ!? 20年ほど前だが伝説ともいわれてたコクチョウのエージェント! その姿はコクチョウのメンバーすら知らないって言われてるサイレント・マスターだよ!」
興奮気味にそう説明するヘルハウンドだが、「知ってた?」「いや」と瀬尾と灰島との温度差はひどい。
「ってか、お前らがマスターとしか呼ばないから、俺はてっきり喫茶店の店長なんだと!」
「ほっほっほっ、実際、私は喫茶店のマスターですよ」
穏やかにそう答えるマスターこと音無惣一の姿に、ヘルハウンドは、信じられないという顔で、ただ立ち尽くすしかなかった。
「おじいちゃんって、凄かったんだ……」
サイレント・マスターとしての姿は、孫の玲奈ですら知らなかったのだろう。唖然としながらそう呟く玲奈の隣で、ユキも「びっくり……」と目をぱちくりさせていた。
「えぇ、あなたのお爺様は本当に素晴らしい方です。引退されて久しいですが、現役中は幾度となくこの国を救ってくれた英雄と言っていい」
「ほっほっほっ、それは言いすぎです。成し遂げたことの多くは、頼りになる友人のおかげです。だから、今回はその恩返しですよ」
マスターの視線が、灰島に向く。
「まぁ、こんな大事とは思いませんでしたがね」
笑うマスターに、灰島もフッと笑う。
「音無さん、今回も生じた費用と仕事に見合った『バイト代』をお支払いいたします。そして、ファントム、クラブ、ヘルハウンド」
上司に名前を呼ばれ、3人は立ち上がり姿勢を正す。
「明日早朝に私の執務室にこい。ファントム、『有休』という言葉で拒否は認めん」
その命令に、3人とも「はい」と答えた。
「ひとまず、今回の任務見事だった。シザーの身柄は、これより我々、内閣情報調査室、コクチョウが責任を持って回収する」
長官の合図で、部下のエージェントたちが、床で眠るシザーを手際よく担架に乗せていく。
「そして──ユキ」
「──っ」
びくっと体を震わせるユキをかばうように、玲奈が佐伯の前に立ちはだかる。その姿に、佐伯はフッと笑った。
「さすがは音無さんのお孫さんだ。ここなら、安心して預けられそうなのですが……、よろしいでしょうか?」
その質問に「えぇ」と答えたのはマスターだった。
「私が責任をもってお預かりしましょう。まだしばらくは物騒かもしれませんから」
「マスター……」
見上げるユキの頭を、マスターが優しくなでる。
「お前たち、本日は休暇を命じる」
「はっ」
「言っておくが『有休』ではないからな」
「……」
佐伯は冗談を言ったつもりなのだろう。「はっはっはっ」と笑いながら、マスターの隠れ家から去っていった。
訪れる沈黙。
「マスター、コーヒーを入れなおしてもらっても?」
灰島がそう言えば、瀬尾もヘルハウンドも「俺も」と続く。そのオーダーにマスターも「えぇ、少々お待ちください」と、手慣れた手つきで豆を挽き始める。
どさっとソファに座る3人。
「あぁ、疲れた」
誰がそう言ったのか、けれど香り始めるコーヒー豆の香りに誰の顔にも笑みが混じっていた。




