ファントム、コーヒーを飲む2
その穏やかな沈黙の中、「あの……」と玲奈は声をかけた。部屋の隅で腕を組み、黙って話を聞いていたヘルハウンドは、少し面倒くさそうに「あ?」と玲奈を見た。
「あなたはいったい何者なの? 結局、敵なの? 味方なの?」
玲奈のあまりにもストレートな質問に、ヘルハウンドは、ふっと鼻で笑った。
「敵か味方か、だと? 馬鹿な質問だな」
彼は、床で眠るプロメサー(シザー)を、一瞥した。
「俺の任務は、ただ一つ。組織を裏切ったそこのクズを、確保、もしくは抹殺すること。そして奴が盗み出した、コクチョウの技術情報を完全に回収することだ」
ヘルハウンドの言うことに、嘘は無いだろう。コクチョウの立場からすれば当然の対応と言える。ファントムにこの任務を任せていたとしても、次善の策を実行することは当たり前と言える。
「……ふむ、もしかして灰島君はご存じでしたか?」
マスターの質問に、灰島はあっさりと「いや」と返し、瀬尾も「俺も知らね」と続く。
「だろうな、さっきも言ったが、俺は中東に居たんだよ。で、お前らの起こした下らんオークションに上層部は焦って俺を呼び寄せたってわけだ。プロメサーを特定できてはいなかったが、俺である可能性は限りなく低いし、何より俺の顔を知るコクチョウは居ないからな」
感心するマスター、ユキ、玲奈とは対照に、灰島と瀬尾は、さも当然という顔だった。
「え? なら、どうして二人とも傭兵の彼がコクチョウの人だって気付いたの?」
当然のユキの疑問に、灰島と瀬尾の目があったが、灰島の圧に瀬尾の方から「そりゃあね」と説明した。
「傭兵ってのは金のためなら何でもするけど、自分が一番かわいいのよ。だからガチのMI6とCIAを相手にしなきゃいけないとき、誰もが自分の身を守ろうとしてたのに、こいつだけはプロメサーを守っていた。そんな忠誠心なんて、傭兵は持ち合わせないっつーの」
そんな瀬尾の指摘に、ヘルハウンドは「ちっ」と舌打ちする。
「あいつらに殺す気はないってわかっても、流れ弾で死んだら困るだろうが。っつかな、あのまま俺とシザーをすんなり逃がせば良かっただろうが」
少しでも的を外せば、死んでいたかもしれないのだから、彼の言い分としては当然なのだが、灰島は「良くない」と断言する。
「プロメサーが生きていては、俺たちのやったことがすべて水の泡だ」
そう言って、灰島は床に転がるシザーを一瞥する。
「こいつは、確実に殺さなければいけなかった」
MI6やCIAの中の前で──。生きていれば、彼らはどこまでも追いかけただろう。
ヘルハウンドは、呆れるように、しかし、どこか感心したように息を吐き出した。
「……なるほどな。それで? しかしあのトリック、良くあの短時間で用意できたな」
その誉め言葉に喜びの声を上げたのは、マスターだった。
「ほっほっほっ、地獄の番人ヘルハウンドに褒められるとは、長生きはするものですね」
マスターの言葉に、ヘルハウンドは眉を顰めた。
「え? トリックって? マジックでも披露したの?」
そんな彼の表情に気づくことも無く、玲奈は孫らしく祖父に聞く。
「マジックというほどのことでも。灰島君がヘルハウンドのパラシュートパックを狙撃して、彼とシザーをあのバベルゲートから落としたのですがね」
「……え?」
明るい口調でそう言うが、あそこは地上150階、落ちれば確実に死があるのみ。だから顔を青くするユキだが、灰島は涼しい顔でコーヒーを飲みほした。
「もう一杯いかがですか?」
「お願いします」




