ファントム、立ち上がる13
「……どういうこと?」
「我々の完全勝利、というところですかね」
「おじいちゃん!」
下の階に繋がる階段からマスターが、そしてその後ろからヘルハウンドとが現れ、その肩には気絶したプロメサー──シザーが担がれていた。
「っつーか、マジ死ぬかと思ったわ」
ヘルハウンドが肩からドサっと床に下ろすと、彼はやれやれといった表情で胸を右手で払った。すると、その迷彩服には穴が空いているが、その奥には防弾チョッキが見える。
「悪くて肋骨を折る程度だ。死にはしない」
「……言うね、お前」
呆れるようにそう返すヘルハウンドに、ユキと玲奈は目をぱちくりさせる。
「……どちら、様?」
ユキがそう聞けば、ヘルハウンドは「ん?」と彼女を見た。
「へぇ、君がAEGISの生体キーか。初めまして、俺はコクチョウのヘルハウンド。ファントムの、元・同僚ってとこだ」
ヘルハウンドは、ニヤリと笑って、ユキにそう言った。
「同僚と言っても、一度も共に任務を担ったことは無いけどな」
「だから、10年中東に居たって言ったろ?」
『はいはい、そこまで。警察も自衛隊も突入しちゃったんで逃げません?』
インカムから聞こえてくる暢気な声だが、瀬尾の言う通り状況はひっ迫している。
「って、瀬尾さん!? 本当に瀬尾さんなの!?」
ユキの質問は瀬尾が瀬尾であるか、というより敵か味方かを確認するものなのだろう。
『そうそう、みんなの瀬尾さんよ? 俺が居ないと困っちゃうでしょ?』
彼らしい言い回しに、ユキは小さく「よかった……」とつぶやく。その隣で、玲奈も「味方、だったんだ」とホッとしながらも「あれ?」と疑問を口にした。
「待って。警察? え? 逃げないとダメなの? 私たちって被害者でしょ!?」
玲奈の発言に、マスターは笑顔のまま呆れるように「玲奈」と答える。
「勿論被害者ですが、この状況は完全に不法侵入ですよ。しかも器物損壊までやっちゃってますね」
「うわっ! そっか! じゃ、逃げないとって……、どうやって!?」
玲奈の叫んでいるここはバベルゲートの150階。下からは警察と自衛隊。上に逃げてもヘリまではマスターも持っていない。
『そんじゃ開けますよー』
暢気な彼の声をともに、上の階で何かが音を立てて動いている。
「俺も安全なとこで居眠りしてたわけじゃないのよ」
端末を片手に、瀬尾が姿を現した。
「ここバベルゲートは、見ての通りまだ工事中でね。155階には大型建設用エレベーターがある。それで逃げない?」
他に方法は無く、瀬尾の提案に従うことにした。
「ってか、俺がまたシザー背負うわけ?」
「怪我人の俺に背負えと?」
「残念、俺は頭脳派なのよ」
緊迫感のない3人のエージェントの会話に、マスターの「ほっほっほっ」なんて笑い声まで加われば、まるでピクニックにでも行くかのようだ。
「そんじゃこれで30階まで下りるから」
「え? そこから飛び降りるの?」
できなくもないけど、なんて続く玲奈の言葉に「いやいやいや」と瀬尾が突っ込む。
「君が大丈夫でも俺は無理。30階には資材搬入のための専用通路がある。それがすぐそばを通る幹線道路と繋がってんのよ」
瀬尾は端末でエレベーターを操作する。
「ほい、これでこの中の電気は全部遮断。動かせるのは外からの電力で動くこの大型建設用エレベーターだけ。しかもこれは表からは完全に死角にあるから、裏に続くゲートも閉じちゃえば、警察さんが一生懸命階段を上ってる間に逃げられるんじゃないかな」
彼の言う通り、彼らは警察に見つかることなく、バベルゲートを後にすることが出来た。




