ファントム、立ち上がる12
MI6もCIAも身動きが取れない。下手に手を出せば、文字通り全てが吹っ飛ぶからだ。誰もがなすすべなく、彼が獲物を手にするのを見ているしかなかった。
たった一人、ファントムを除いては。
彼はライフルのスコープを覗き、狙いを定める。そして、彼らが飛び降りる瞬間──。
ダーンッ!
「くっ! 貴様っ!!」
ヘルハウンドの手にある起爆装置を狙い撃つと、それは遥か下の地上へと落ちていった。それを追うように、ヘルハウンドとシザーの体が飛び降りる。
ダーンッ!
2発目はヘルハウンドの背中を貫いた。そこにはパラシュートパックの展開装置の基部があり、銃弾はそこを完璧に撃ち抜いたのだ。パックは開く代わりに、内部の圧縮ガスが暴発し、閃光と黒い煙を吹き上げた。
「なっ……!?」
空中で、ヘルハウンドが驚愕の声を上げる。 パラシュートという、最後の命綱を失った二つの身体は、なすすべもなく重力に引かれ、ビルの壁面を闇の中へと落ちていった。
「……馬鹿な! なんてことを!!」
絶句するセレスティーナに、灰島は、キャットウォークの上から、冷たくあまりにも合理的な「真実」を告げた。
「奴を、コクチョウに渡すくらいなら、ここで消す方がマシだと思わないか?」
その言葉に、セレスティーナは、ぐっと息をのんだ。 そうだ、その通りだ。自分たちMI6にとっても、そして、そこにいるCIAにとっても、プロメサーという最大の「資産」が、ライバルである日本の諜報機関「コクチョウ」の手に渡ることだけは、絶対に避けなければならない最悪のシナリオ。
そして、プロメサーが使える駒となれば、またユキは狙われることになる。
ファントムは、その最悪の事態を避けるために、次善の策として、彼を「破壊」したのだ。 その冷徹で合理的な判断に、セレスティーナは、怒りよりも先に一種の戦慄を覚えた。
「……ファントム……! あなたという男は……!」
彼女が忌々しげに、しかしどこか感心したかのように呟いた、その時だった。
ウウウウウウウウウウッ!
ビルの下から、無数のサイレンがタワーへと迫ってくる。その音は、日本の警察と自衛隊の特殊部隊が、明確な意思を持ってこちらへ向かっていることを示していた。
もはや、この場所に留まる理由も時間もない。
「……撤退するわよ!」
「撤収だ!」
セレスティーナも、CIAの指揮官も、忌々しげに舌打ちしながら、それぞれの部隊に撤退を命じた。最大の獲物は失われた。これ以上、日本の公権力と事を構えるのは、賢明ではない。 彼らは、次々と撤退していった。
全ての部隊が撤退し、静寂を取り戻した吹きさらしのフロア。 その中で一人、灰島は小さく息を吐き出した。
「瀬尾、聞こえるか?」
インカムに向けてそういえば、当然のように「聞こえてるねぇ」といつもの軽い声が返ってくる。
「151階までの隔壁、開くか?」
「当然。今やこのバベルゲートは、古臭いシステムの管理下だからね」
そう言い終わるよりも先に、機械音を響かせ上階に繋がる通路の隔壁が開いていく。
「ファントム!!」
「灰島さん!」
開いた隔壁から、二人が無事な姿を見せる。
「どうなったの? 大丈夫なの? プロメサーは!?」
「誰もいないじゃん!? ってどうなってんの!? MI6にCIAは!?」
二人の質問に、灰島は両手を広げて今の状況を見せる。爆破された壁からは噴き上げる風、その風によりまだ割れていないガラス窓がビリビリと震える。
そしてビルの下からは、サイレンがひしめき合っていた。




