ファントム、立ち上がる11
プロメサーは信じられない顔で呆然と立ち尽くしていた。彼の鉄壁の「壁」は音もなく内側から崩壊し、彼は完全に孤立する。
その完璧な「瞬間」を、灰島はキャットウォークの上で待っていた。プロメサーが全ての駒を失い、戦場の中心でただ一人、無防備に立ち尽くすその一瞬を。
彼はゆっくりとライフルを構えた。
パンッ!
いきなり聞こえた発砲音に、身をよじって避けたのは灰島だった。
「やめろ! ファントム!」
撃ったのは傭兵の一人で、そいつはプロメサーの横に立ちすべてをけん制した。
「MI6もCIAも大人しくしてもらおう。さもなくば、俺がこいつの頭を貫く」
そう言って、持っていた拳銃の銃口をプロメサーのこめかみに当てた。
「な、何のつもりだ!」
喚くプロメサーに、傭兵は「黙れ」とこめかみを小突いた。
「……傭兵のくせに、私たちと取引でもするつもり?」
苦々しい顔のセレスティーナは、小さく指で後ろのエージェントに指示を出す。いつでも撃てるように、という合図だ。
「俺はコクチョウだ。こいつは日本という国家を売ろうとした大罪を犯した。裁きは日本で下す。お前たちには渡せない。だが、力づくでというなら、こいつは殺す」
CIAの部隊も、新たに出現した「第三勢力」を、警戒心を露わに包囲していく。
「……俺はお前を知らないが?」
灰島の疑問に、男は「だろうな」と答えた。
「10年ほど中東に潜ってたんでね。だからシザーも俺を知らないのさ」
男がちらりと隣のシザーを見れば、彼は苦虫でもつぶしたような顔で睨んでいた。
「俺はヘルハウンド、もう覚えなくてもいいけどな」
コクチョウの工作員『ヘルハウンド』は、その二つの最強部隊に囲まれながらも、一切動じなかった。
「いいか、交渉はしない。ただ、事実を伝えるだけだ。こいつの身柄は、我々が確保する。お前たちに、拒否権はない」
その絶対的な自信は、虚勢ではなかった。彼が、懐から小型の起爆装置を取り出したからだ。
「このフロアの主要な柱、数か所に、指向性爆薬を仕掛けさせてもらった。俺がこれを押せば、お前たちもこのガラクタの塔と仲良く心中することになる」
ヘルハウンドはそう言いながら、一つのボタンを押した。
ドォォオオン!
重苦しい爆破音はすぐそば、ヘルハウンドたちの後ろで起きた。ここは150階、下から吹き上げる風が瓦礫や煙、砂埃を吹き飛ばす。
「これで、脅しではないと証明できたかな?」
セレスティーナもCIAの指揮官も、彼の言葉が単なる脅しではないことを瞬時に理解した。フロア構造を把握し、潜入し、爆薬を仕掛ける。
それだけで、彼がどれほどのプロかは明白だった。
「来い、シザー。さて、俺たちはここから逃げる。何もせず見送ってもらえるなら、俺も何もしない」
ヘルハウンドはシザー《プロメサー》の首根っこを掴むと、割れた窓へとゆっくりと後ずさり始めた。彼の狙いは、このビルから飛び降り、用意していた小型パラシュートで待機中の回収部隊と合流することだった。




