ファントム、立ち上がる10
「アクセス拒否!? ──このプログラム、AEGISじゃないわ! もっと古いタイプのっ……、どうすれば!?」
階段の向こうから、重武装の部隊が確実にこちらへと迫ってくる音が聞こえる。
「ユキちゃん、私のそばから離れないで」
彼女を隠すように、玲奈が臨戦態勢を取る。
「無理よ! 相手はプロで──」
その時、ユキの端末に誰かが割り込んできた。
> 親父さんとの別れは済んだか? 泣いてる暇はねえぞ、お嬢ちゃん
「……瀬尾さん!?」
> ここは、俺の出番かな? ちょっと遠隔操作するから待ってな
次の瞬間、ユキの目の前で凄まじい速度のコードが勝手に流れ始めた。 システムの脆弱性を、力と経験で強引に、しかし的確にこじ開けていく。荒々しくも天才的なその技術に、ユキはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
『BULKHEAD CONTROL... OVERRIDE COMPLETE.』
ゴオオオオオオオオオッ!
「動いた!」
ビル全体が轟音を立てた。ユキたちの歓声が響く151階への全ての通路が、一斉に猛スピードで閉鎖されていく。MI6もCIAも、完全に下の階層へと閉じ込められた。
「ミス・ヴィレッリ、上への通路が全て封鎖されました!」
「チッ」と舌打ちし、セレスティーナはプロメサーを見た。隔壁を壊すのは造作もないが、かなりの時間を要すし、それをファントムが見学するはずもない。
となれば、目の前のプロメサーだけは手に入れたいところだが、それはCIAも同じだろう。そう考える彼女の前で、傭兵たちが動きを変えた。
MI6とCIA、そしてプロメサーがいるこの戦場は、奇妙な均衡状態に陥っていた。 だが、その均衡は内側から静かに、そして確実に崩れ始めていた。
きっかけは、些細なことだった。 CIAの集中砲火に、傭兵の一人が負傷し倒れた。だが、誰も彼を助けに行かない。行けないのだ。誰もが、SASとCIAの、二つの最強部隊に釘付けにされ、身動きが取れずにいた。冷静な 指揮官を失った彼らの連携は徐々に、しかし確実に乱れ始めていた。
(……これは、死ぬな)
(契約金は、魅力的だが、死んでしまっては意味がない)
(あの男の武器は、もう壊れた。俺たちが、ここにいる意味は……?)
誰かが言葉にしたわけではないが、その場にいた全員が同じ考えを抱いていた。アンテナと端末を失ったプロメサーは、MI6やCIAにとっては価値のある存在かもしれない。
だが傭兵たちにとっては違った。
彼はもう、戦局をひっくり返せる存在ではない。
ただの無力な研究者だ。
彼らの銃口は、守るべきプロメサーから、自分たち自身を守るために、わずかに外側へと向き始める。完璧だったはずの防衛陣形は、内側から少しずつ崩壊していった。
「何をやってるんだ! 撤退だ! 私を守れ!」
プロメサーが、その「空気」の変化に気づき、ヒステリックに叫ぶ。 だが、その声は、もはや、誰の心にも響かなかった。むしろ、その無能な指揮官ぶりに、傭兵たちの心は完全に彼から離れていった。
そして、最初の男が動いた。
バリケードの陰にいた一人の傭兵が、ふっと銃を下ろしたのだ。MI6の兵士と一瞬視線を合わせた後、彼は何も言わずにゆっくりと両手を上げた。それは降伏の合図だった。SASの兵士は、撃たなかった。
その光景は、まるで伝染病のように他の傭兵たちへと広がっていった。一人、また一人と銃を下ろし、戦闘を放棄していく。彼らはプロの傭兵として、最も合理的で生存確率の高い「ビジネス判断」を下したのだ。




