ファントム、立ち上がる4
『マズい! 空からだ!』
突然、インカムから聞こえるクラブの声に、セレスティーナは表情を変えず「何が──」起きたのか、質問しようとした瞬間。
ドドドドドドドドッ!
ビルの窓ガラスが、外からの圧倒的な火力で、轟音と共に粉々に砕け散った。 夜明け前の空に浮かぶ、数機の漆黒のヘリコプター。そこから、ラペリングで次々と降下してくるCIAの特殊部隊。彼らは、交渉も警告もなしに、フロアにいる者すべてに、無差別に銃口を向けた。
「クラブ! こいつらは──」
セレスティーナが、予測不能な乱入者に、瀬尾に説明を求めた。
『機体確認、CIAだ!』
戦場は、一瞬にして三つ巴の地獄と化した。 MI6も、プロメサーの傭兵も、そしてCIAも、互いを敵として認識し、銃弾の嵐がフロアを吹き荒れる。
その最初の混乱の中だった。 CIAが放った一発の流れ弾が、中央に拘束されていた「餌」の、すぐ足元に着弾した。
「ひぃっ!」
偽物のエージェントは、自分の使命を忘れ、恐怖に歪んだ素人の悲鳴を上げた。 その絶叫を聞き、プロメサー《シザー》は全てを理解した。
「ちっ、偽物か! セレスティーナ! 貴様、私を騙したな!!」
だが、もはやセレスティーナを詰問している時間はない。彼は、この混沌こそが、最後の好機だと判断した。
「もはや、ユキを待つ必要もない! この場で、全てを手に入れる!」
彼は、傭兵たちに防衛させながら、自らは『シミュラクラ』の端末に駆け寄った。
「よく聞け、セレスティーナ! この『バベルゲート』は、日本の衛星通信を管理する、天に最も近い『塔』だ!」
彼は、端末にコマンドを打ち込む。
「『シミュラクラ』、その真の力を示せ! このタワーの管制システムを掌握し、軍事衛星『イザナギ』を乗っ取れ! 攻撃目標、英国ロンドン、MI6本部! そしてラングレーだ!!」
プロメサーが、エンターキーを押した、まさにその瞬間。 キャットウォークに隠れていたユキもまた、自らの意識を、AEGISの仮想空間へとダイブさせた。
「あれが、シミュラクラ……」
その姿は、ユキと瓜二つ。光の粒子で構成された、硝子の人形『シミュラクラ』が、AEGISのシステム中枢にエントリーする。 だが、その背後には、まるで影のように、もう一人の少女が隠れていた。彼女は、自らのデータ痕跡を、完全に『シミュラクラ』の巨大な接続データの影に隠し、AEGISの最初のスキャンをやり過ごす。
AEGISは、一体の侵入者 『シミュラクラ』だけを認識した。
『生体キー候補を認識。認証を開始します』
「ここまでは問題ない、エラーを起こす前に命令を完了させればっ」
プロメサーは、呟きながら高速でキーボードをたたいていく。ここまでは成功していた。だが“生体でない”という一点が、いつも彼を弾いてきた。だから、AEGISがエラーを起こす時間までが勝負なのだ。
「そこで見てろ! 私の『シミュラクラ』の力を! このタワーの管制システムを掌握し、軍事衛星『イザナギ』を乗っ取る!」
モニター上で、『イザナギ』のコントロールが、日本政府から『シミュラクラ』へと移っていく。衛星の軌道が、ありえない角度へと、ゆっくりと傾き始めた。
その光景をMI6の指揮車両で見ていた瀬尾が、絶叫する。
『マダム! 日本の軍事衛星が、乗っ取られてる! 目標、英国ロンドン、MI6本部、そしてラングレーだ!』
ラングレーとは、CIAの本部のある場所。CIAの部隊も、その異常なエネルギー反応を察知し、さらに攻撃を激化させる。 プロメサーは世界の混乱を前に、高らかに笑った。
「アンテナを狙え! 地上班、ジャミング急げ!」
「全隊、フォーメーションデルタ! CIAを足止めしつつ、プロメサーを包囲しなさい!」
CIA、MI6、両方の部隊から、プロメサー《シザー》とその『シミュラクラ』とAEGISを繋ぐアンテナへと、一斉に弾丸が叩き込まれる。 だが、その弾道は、プロメサーの身体を正確に避けていた。誰もが、彼の持つ知識と技術を、生きたまま手に入れたい。その欲望が、彼らの攻撃から、決定的な殺意を奪っていた。
しかし、プロメサーを守る傭兵たちは、その「手加減」を、誰よりも正確に理解していた。
彼らは、金で雇われたプロフェッショナルだ。そして、プロの戦場において、「慈悲」や「手加減」は、利用すべき最大の「隙」となる。




