ファントム、立ち上がる1
3時間後。全員がモニタールームに集まっていた。
「まずはコーヒーでも淹れましょう。スコーンも添えますから、食べられる人は食べるように」
温めたお湯がポタポタとドリッパーに落ち、豆の芳醇な香りが漂う。
「……ブルーマウンテンですね。しかもハイロースト」
そう言い当てる灰島に、マスターは蒸らしの間、豆が膨らむ様子を見つつ「正解です」と微笑む。
香りがさらに丸みを帯び、控えめながらも心を包むアロマが部屋全体に広がった。
カップに注がれ、それぞれの目の前に。その香りをかぐだけで、落ち着いていく自分を感じた。
「さて、それでは作戦会議、始めましょうか」
マスターのおかげで、だれも焦ることなく、必要以上に力むこともない。
「そうね。まずは目的から確認よ。MI6にはプロメサーの持つ『シミュクララ』をはじめとした私のレシピは渡さない。そして、プロメサーには私『ユキ』を渡さない」
「そして、AEGISからユキちゃんを解放する、ね」と、玲奈が付け加えると、ユキは苦笑した。
「それなんだけど、決めたわ。私、AEGISを破壊する」
彼女の発言に灰島もマスターも驚きの表情を張り付けるが、玲奈だけは「うんうん、それがいいわ」と頷いていた。
「しかし、それはユキくん……」
言いにくそうなマスターの代わりに、ユキが「うん」と頷く。
「そんなことをしたら、多分、世界中が混乱する」
「え? そうなの?」と能天気な玲奈だが、灰島は少し考えるように視線を落とす。
「基幹インフラのほとんどがAEGIS準拠だからな」
灰島の言葉に、ユキが「そうね」と頷く。
「でもそれはすぐにじゃないわ。ゆっくりと、だけど確実にAEGISはセキュリティーとして機能しなくなる、というか、進化を止めてしまうから価値を失ってしまうはず」
今はAEGISに頼っている人類だが、それが機能しなくなれば新しいセキュリティプログラムを作り出すだろう。
これまでもそうだったように。そうユキは説明した。
「そのためには、AEGISに私が死んだと認識させる必要があるの」
「そんなのダメよ!」
「大丈夫、死ぬのは私のコピー『シミュラクラ』よ」
叫ぶ玲奈に、ユキはにこりと笑った。




