ファントム、夜に駆ける6
ドアの開く音に、玲奈はすぐさま振り返った。
「灰島さん! 大丈夫なの!?」
駆け寄る玲奈に、灰島は「大丈夫だ」と返したのに、「大丈夫じゃありません」と答えたのはマスターだった。
「その傷、かなり深いのでしょう? 治療が必要です。しかも、薬のせいで意識を保つのも大変なはずです」
言い当てられ、灰島は一瞬返す言葉を失った。
「……傷は、確かに。自分で縫うので針と糸を」
「私がやりましょう。自分では無理です。とはいえ、私もプロではありませんから綺麗には無理ですが」
その申し出に灰島は素直に「お願いします」と頭を下げた。
「玲奈、消毒液を用意して。それが出来たら、お前は寝なさい」
「でもっ」と反論する玲奈に、マスターはぴしゃりと言い放つ。
「寝なさい。もう取引の時間まで24時間切ったんです。まずは寝て、体と頭を休めなさい」
そう言われ、玲奈は素直にマスターの言葉に従った。
「麻酔は──」
「必要ない。まだ効いてる」
「分かりました」とマスターははさみで彼のシャツを引き裂いた。
「神経が高ぶってますね。後で針を打ってあげましょう。これでも鍼灸師の免許は持ってるんですよ」
そう言いながら傷口を消毒し、もう一度縫い直す。これが痛くないはずもないのに、灰島は声一つ、顔色すら変えない。
「俺は寝なくてもいいから」
「1時間でもいい、寝なさい。年寄りの言うことは聞くものですよ、灰島くん」
「……」
「状況はちゃんと把握しますし、この隠れ場は見つかりません。これは絶対です」
絶対など存在しない。それでも、この男の言葉だけは信じられた。
「毒素を抜く針も刺しましょう。眠くなったらそのまま眠ってください。大丈夫、ちゃんと起こしますから」
その声を聴きながら、灰島は目を閉じた。
「……あなたが味方でよかった」
灰島の言葉に、マスターはにこりと笑う。
「それはこちらのセリフです。少し痛みますよ」
その痛みの中で、灰島は眠りに落ちた。




