ファントム、夜に駆ける4
揺れる画面には、月夜にてらされる木々と、ひたすら続く闇。
「ううっ、酔いそう……」
口元を抑えるユキだが、玲奈は彼女の背中をさすりながら、平気そうに画面をじっと見ていた。
「ここ……、くすのきキャンプ場……?」
「え?」
玲奈の声に顔を上げると、道が開け整備された場所に出ていた。そこで、灰島の足が止まる。最近のキャンプブームで、彼の目の前にはいくつかのテントがあった。
「やっぱりそうだ! お爺ちゃんに連絡するね! え? ユキちゃん!?」
嬉々とした玲奈の声を聴きながら、ユキはそのまま意識を失った。
灰島は、橋のたもとにある巨岩の影に身を潜め、息を整えながら闇の向こうを見つめた。
警報も銃声も、もう聞こえない。代わりに聞こえるのは、雨音と沢のせせらぎ、そして、自らの荒い呼吸と心臓の鼓動だけ。
「……痛みをあまり感じないのが救いだな」
自白剤は、麻酔薬によく似ている。そのため、これだけの傷を負っていてもここまで動けたのだが、それにしても限界といっていいだろう。
やがて、東の空がインクを水に垂らしたように、わずかに白み始めた。夜の闇が、深い藍色へと変わっていく。雨もいつしか霧雨になっていた。 その静寂の中で、彼は一つのエンジン音を捉えた。
霧の向こうから現れたのは、一台の黒いセダンだった。それは、けっして目立つことのない、ごく普通の国産車。車は灰島が潜む岩陰のすぐそばでヘッドライトを消したまま、音もなくエンジンを止めて停車した。
後部座席のドアが静かに開き、灰島はずぶ濡れのまま転がり込んだ。
「……おかえりなさい、灰島くん」
運転席のマスターが、ルームミラー越しに、静かに言った。
「……ああ」
灰島は荒い息をつきながら、脇腹の傷を押さえた。滲む血から、傷が開いていることを知る。
「思ったより遅かったですね」
「安全運転が、信条ですので」
軽口を叩きながらも、マスターはアクセルを深く踏み込んだ。
「頭は下げていてください、出来るだけ防犯カメラを避けるつもりですが、完全には無理ですから。あと、少し走ったら車を変えます。そこまでは意識を失わないように」
マスターの声を聴きながら、灰島は後部座席に体を横たえ、意識を保ったまま瞼を落とす。
そして、車は再び夜明け前の霧の中へと溶けていった。
「……無理かな?」
遠ざかる車をスコープで覗いていたが、瀬尾はフッと笑いライフルの引き金から指を外した。
『どうして撃たないの?』
インカムから聞こえてくるセレスティーナの声に、瀬尾は肩をすくめる。
「ここ、キャンプ場ですよ? 民間人が多すぎる。それに、俺、ライフル苦手なんですよね。この距離じゃ一発で仕留められない」
その言い訳に、セレスティーナは小さく舌打ちをし、通信を切った。
「やれやれ、怒られに帰りますか」
瀬尾はそうぼやきながら、去っていく車に背を向けた。




