ファントム、尋問される8
『俺の目を信じろ』
彼が最後に言った言葉は、これだったのだ。
視界が滲み、灰島の映像が二重に揺れる。
「生きてる……、まだ希望あると思っていいのね?」
「ユキくん、涙はあとです」
その声に、ユキははっと顔を上げた。マスターがいつになく厳しい、しかし力強い目で彼女とモニターを見つめていた。
「これは、彼が命懸けで我々にコンタクトを取っているんです。一瞬たりとも無駄にはできません」
その言葉に、ユキは涙を拭い、強く頷いた。そうだ、感傷に浸ってる場合じゃない。
「しかしこれは映像だけで音声がありませんね、なんとか会話を読み取れませんか? 彼らが何を話しているのかが分かれば、状況を把握できるかもしれません」
「そう、ね。唇の動きを読んで文字に起こせば、出来る、きっと出来るわ!」
ユキは、再びヘッドセット型のインターフェースを装着した。今度は、何かを探すためではない。灰島の「目」から送られてくる、ノイズだらけの映像から、彼らの会話を読んで文字にすることに集中した。
灰島の視線では見えない部分も、モニターに移りこんだ姿をさらに明瞭にして、唇の動きから会話を読み取る。
数分後、スピーカーから、AIの声が飛び飛びながら彼らの会話を再現し始めた。
『――プロメサーの居場所を特定したのね?』
『ま、俺みたいな天才にかかれば、こんなもんよ』
瀬尾とセレスティーナの会話から、彼らが「プロメサー」の正体を掴んだことが分かった。
「もしかして、灰島君はここまで想定していたのでしょうか……?」
「どうかしら? もしかしたら一番最悪の想定かもしれないわね」
今の彼の状態は把握できない。けれどMI6に捕まって、さらにはこの映像が横になり、しかもかなり揺れる視界から察するに、無傷とは考えられない。
勿論、ユキが逃げ切れば殺されることはないかもしれないが、逃げ切れる保証もなかったはずだ。だから、この状況は彼からしても最悪の状況といってもいい。
けれど、その状況すら彼は利用している。MI6という世界最高峰の諜報機関に、自分たちの代わりに「プロメサー」を探させ、その情報を内側から盗み出そうというのだから。
「やはり、大した男ですね、彼は」
マスターの誉め言葉に、ユキも「そうね」と頷いた。
「それで、これからどうするの? 灰島さんを助けに、行く?」
玲奈が、不安と期待が入り混じった声で尋ねた。
「いえ、それは自殺行為です」
マスターは静かに首を振った。
「我々は三人。相手は、MI6にコクチョウのトップエージェントだった男。しかもMI6の施設ともなれば、我々が想像する以上に要塞化されているはずです」
「じゃあ、どうするの……?」
玲奈が言いかけた、その時だった。モニターの映像――、灰島の視界が、わずかに動いた。薬で意識が朦朧としているはずの彼が、意図的に、ほんの少しだけ首を傾げたのだ。
彼の「目」には、瀬尾が操作している端末の画面の一部と、壁に設置されたネットワークの接続ポートを、意図的に映し出しだされた。
ユキは、その意図を瞬時に悟った。
「マスター! ファントムがこれを見せてる。MI6のネットワークのアクセスポイントだわ」
「……本当に、大した男ですよ」
逃げるという選択肢以外に、出来る選択肢が増えたのだ。マスターはこみ上げてくる高揚感を隠したりはしなかった。
「ユキくん、できますか? この世界で最も堅牢な要塞の心臓部に、ここから侵入するのです」
それは、あまりにも無謀な挑戦。だが、ユキの心にもはや迷いはなかった。 彼女は、マスターと玲奈に向き直ると、力強く言った。
「やってみる。彼を、助けるためなら」
ユキはヘッドセットを手に取り、覚悟を決めた顔で前を向いた。




