ファントム、尋問される4
「そうね。でも私が飼い主だから大丈夫。飼いならしてみせるわ。あなたも、飼ってあげても良いのよ?」
「俺は、犬にはならん……」
「でも今はAEGISの番犬ね。その子はあなたに何をくれるの?」
「……」
「私が迎えに行ってあげるわ。場所を言いなさい」
「……」
何も答えない灰島に、セレスティーナは小さく舌打ちして白衣の部下に視線を送るが、その中の一人が躊躇するように小さく首を振った。
「ミス・ヴィレッリ、これは通常のものより副作用が強く、これ以上は──」
「打ちなさい」
「……Yes、Ma'am」
容赦ない命令に、彼らは仕方なく灰島に近づき、もう一度注射を打った。
自分の心臓の音が、クリアに聞こえる。頭の中がクリアになったかと思えば溶けていく。それがもどかしくて、言葉を発しそうになっては灰島は頭を振る。
すると今度はいきなり「ふふっ」と笑い始めた。その変化にセレスティーナも楽しそうに笑う。
けれど、焦点の合わない、しかもだらしなく笑うファントムに、瀬尾は冷めた目で見ていた。
「止めて、と懇願するかと思ったのに」
横目で瀬尾を見ながらそう言うと、彼は「まさか」と言いながらもキーボードをたたく。
「俺としては、ファントムが五体満足で生きてる方が脅威だって言ったろ? ま、こんなファントムを見たかったわけじゃないけどね」
「なかなか複雑なのね。まぁいいわ」
そう言って、セレスティーナはファントムに近づき、指先で彼の顎をくいっと上げた。
「楽しいわね、ファントム。さて、AEGISのカギはどこにいるの?」
「ははっ、どこ? あぁ、……次の、隠れ家……、マスターが……」
「マスター? それは誰なの?」
「……マスターは、忍者で……」
「……聞き取れなかったわ、なんて言ったの?」
自分の耳を疑うセレスティーナの隣で、瀬尾が呆気にとられた顔で「忍者、だそうで……」と返すから、彼女は苛立った感情のまま叫んだ。
「まだ嘘を付けるの!? なんて男なの!」
ギリっと奥歯を噛みしめて、もう一度医療班に命令した。
「もう一度打ちなさい!」
「ミス・ヴィレッリ、それはさすがに──」
「これ、ホントかも……」
重なる瀬尾の声に、セレスティーナは苛立った顔のまま「どういうこと!?」と詰め寄る。
「いや、逃がしちまった時、撒菱でやられたんだよね。あれって忍者の武器だし、妙に気配消すのがうまかったり、そういや前にも忍者って言われたような……」
セレスティーナは、瀬尾がもたらした予想外の「証言」に、苛立ちと混乱で奥歯をギリリと噛みしめた。
「忍者ですって……? ふざけているの!?」
「いや、でもあの装備といい……」
「黙りなさい!」
彼女は、もはや冷静さを失っていた。この男、ファントムは、薬を使ってもなお、真実と嘘を巧みに織り交ぜ、こちらを翻弄してくる。
「早く打ちなさい! 何度言わせるの!」
「ミス・ヴィレッリ、それはさすがに危険です! これ以上の投与は、彼の生命維持に関わります。我々の任務は尋問であり、処刑では…」
医療班のリーダーが、震える声でそう制止した時だった。
「……貸しなよ」
部屋の隅で端末を操作していた瀬尾が、静かに立ち上がった。彼は、躊躇する医療班から、まるでそれを取り上げるのが当然であるかのように、自然な仕草で注射器を手に取った。
「こんなん、マッドサイエンティストか、こいつに恨みでもなきゃやりたくないって」
「クラブ? 」
意外な行動に、セレスティーナが訝しげな目を向ける。
「ま、これでファントムが死んでも俺を恨まないでよね。命令されたことをやってるわけだし? みんなが嫌がる仕事を進んでやる俺には、特別手当が欲しいくらいだね」
瀬尾は、注射器の針先を指で弾きながら、平然と言った。
「……そう、そうね。勿論、ご褒美は弾むわ」
自らの利益のために、進んで汚れ仕事を引き受ける。自分の利益をどこまでの追求する、彼女が最も好む人間の種類だった。




