ファントム、尋問される2
窓のないコンクリートの箱。
天井の裸電球が一つ、白く灰島を照らしていた。
その照明の下には、冷たいコンクリートの床に投げ出され、パイプ椅子に固く縛り付けられた灰島がいた。脇腹の傷からは、じわりと血が滲んでいる。
そのそばに立っているのは、セレスティーナではなかった。屈強な、しかし表情のない二人の男。プロの尋問官だ。彼らは、一切の言葉を発さず、ただ淡々と、しかし容赦のない尋問を開始した。
拳が振り下ろされる。
椅子が倒れる。
水が顔に叩きつけられる。
あらゆる苦痛が、灰島の身体を襲う。だが、彼の口からは仲間たちの居場所を示す言葉どころか、苦悶のうめき声さえ出てこなかった。
「どうかしら?」
開いたドアから、パンプスの靴音を響かせながらセレスティーナが現れた。
「まるで人形を相手にしているようです。殴ってもうめき声すら上げない」
呆れるように両肩を上下させる部下に、セレスティーナは「そう」と微笑む。
「起こして」
彼女の言葉に、部下二人が椅子ごと倒れた灰島を乱暴に掴み座らせる。
「初めまして、ファントム。ご機嫌は、悪そうね」
笑いながらセレスティーナがそう言うと、灰島は「ぺっ」と血交じりの唾を床に吐き顔を上げた。
「最悪だな」
これがここにきて初めて発した言葉だった。
「ふふ、それは私の部下が失礼したわね。でも、あなたも悪いのよ? 素直に話してくれないから」
セレスティーナはそう言いながら、灰島の耳から顎にかけて指を這わせた。
「残念ながら、彼らがどこに潜伏したのか俺は知らん」
「そんなことってあるかしら? 貴方が指揮官なのに」
「俺が知っていていいことがないからな」
にやりと笑う灰島に、彼女も同じように微笑んだ。
「でも、あなた以外に聞く人がいないのよ」
セレスティーナはそう言って、くいっと彼の顎を上げ顔を近づけた。
「……いい顔ね。私、好みの男が痛みに歪む顔が一番好きなの」
「悪趣味だな」
「そう?」
セレスティーナは、吐息が彼の肌にかかるほど、さらに顔を近づけた。彼女の指が、彼の首筋を、まるで獲物をいたぶる蛇のようにゆっくりと這う。
「私は、欲しいものは全て手に入れてきたわ。国も、金も、男も。そして今、一番欲しいのはあなたの心。あなたのその抵抗的な瞳が、絶望に染まる瞬間が見てみたい」
彼女は、縛られた灰島の膝の上に、ためらうことなく腰を下ろした。甘い香水が、血の匂いを塗り潰す。
「さあ、教えてちょうだい。あの子はどこ? 教えてくれたら、最高の快楽をあげる。断るなら……、最高の苦痛をね」
セレスティーナは色香と恐怖をちらつかせ、灰島に選択を迫った。
しかし、彼は目の前の女を、まるで価値のない置物でも見るかのように、ただ冷たい目で見つめ返した。そして、静かに、しかし刃物のように鋭い言葉を放った。
「……必死だな」
「え?」
「力ずくの尋問が通用しないから、今度は女の武器に頼るしかない、か。MI6のクイーンも、随分と安っぽくなったものだ」
その瞬間、セレスティーナの顔から笑みが消えた。
パァン!
乾いた音が、尋問室に響き渡った。彼女の平手が、灰島の頬を強く打ち据える。
「……口の減らない男ね」
彼女は、すっと立ち上がると、冷たい瞳で灰島を見下ろした。その目に遊戯の色はない。
「いいわ。あなたはその生意気な口で、私を拒絶した。その選択を、骨の髄まで後悔させてあげる」
セレスティーナは、ドアに向かって命じた。
「医療班を呼びなさい──」




