ファントム、作戦失敗する5
「ぐっ……!」
致命的な一撃に、灰島の身体がぐらりとよろめき、膝が折れる。だが、それこそがファントムが仕掛けた、最後の罠だった。脇腹への蹴りを、彼はわざと受けることで体勢を低くし、彼女を懐に誘い込んだのだ。
好機と見て、彼の息の根を止めるべく距離を詰めたセレスティーナ。その一瞬。 膝が地面に触れる寸前、彼は低く沈めた身体のバネを解放し、弾丸のように前方へ突進した。
「!?」
セレスティーナの反応速度を超え、ファントムの鋼のような手が、彼女の右腕をがっしりと掴み上げた。形勢は、完全に逆転した。セレスティーナの体勢は崩れ、彼女の喉元は、灰島のもう一方の手に対して無防備に晒される。 一瞬、彼女の瞳に、初めて焦りの色が浮かんだ。
彼女が負ける――!
これを見ていた誰もがそう思っただろう。
だが、セレスティーナはクイーンだった。 彼女の腕をつかむファントムの腕を掴み返す。その指にはめられた指輪。それが、彼女に残された唯一の牙だった。
彼女は抵抗する素振りも見せず、ただ、彼の腕をつかんだ手を強く握りしめた。
その瞬間、彼女の指輪が小さく光る。指輪の石に仕込まれた極小の針が作動し、即効性の神経毒が流し込まれる。
「っ……!?」
何が起きた!?
何も分からないまま、まるで全身の回路を焼き切られたかのように、灰島の身体から急速に力が抜けていく。彼の指先は、セレスティーナの喉元に触れる寸前で、ぴたりと動きを止めた。強靭な彼の肉体も、未知の薬物の前にはなすすべもなかった。
灰島は、その場に崩れ落ち、膝をついた。
セレスティーナは、掴まれていた腕をそっと引き抜き、乱れた呼吸を整えながら、無力化された灰島の髪を掴み、顔を上げさせると、その耳元で冷ややかに囁いた。
「……あと一歩、だったわね。でも、蛮勇だけでは、クイーンは取れないのよ、ファントム」
部下たちが駆け寄り、動かなくなった灰島を拘束する。 雨は彼の流れる血を洗い流し、地面に赤い水たまりを作っていく。
彼の視界は、雨に滲んだ赤だけを残して、ゆっくりと閉じていった。




