ファントム、作戦開始【フェーズ2:奈落(アビス)のオークション】 4
「さて。裏切り者が動けないというのなら、無理やりにでも動いてもらおう。瀬尾」
名前を呼ばれ、「はいよ」と答える。
「動きたくなるような情報を与えればいいわけね?」
瀬尾の言葉に、灰島は「ああ」と、その口元に冷たい笑みを浮かべた。
「奴がどうしても黙っていられない状況を作り出せ」
「OK」と瀬尾の指がキーボードをリズムよく叩いていく。そして『タルタロス』に新しいアンノウンの入札者が現れた。
【入札者:アンノウン】
【AEGISの鍵の製造方法について。故・神崎博士の直筆の研究日誌の一部とされる画像。この資料とマスターキーがあれば、複製可能。】
「さて、どんな反応をしてくれるのかなぁ?」
瀬尾は呑気な声でそう言うが、アンノウンの入札は商品の真偽を問うものだった。本物のデータを持っている裏切者はこの状況に黙っていられるのか。
その静寂は、わずか数秒で破られた。
『タルタロス』の全ての通信が、強制的にオーバーライドされた。荒れ狂う入札ボードが静止し、画面の中央に、荘厳な書体で一つの単語が浮かび上がる。
『プロメサー』(創造主)
そして、メッセージが表示された。
『『愚かな者ども。玩具の真贋も見抜けぬまま、国の心臓を切り売りするとは滑稽だ』』
「なかなかの詩人じゃん。さてさて、お前の正体を拝んじゃおうかな~」
瀬尾は、プロメサーの芝居がかった登場に、不敵な笑みを浮かべてキーボードを叩いた。彼の指が、見えないほどの速さで盤上を踊る。プロメサーが残した微細なデジタルフットプリントを頼りに、その発信源を逆探知しようというのだ。
そしてまた、新たなメッセージが投下される。
『AEGISの生体キーを作り出した故・神崎博士の研究資料は、私の手にあるが、このレシピの完成には、オリジンたるユキ本人が不可欠。よって、落札権は、ユキを捕獲し、私の元へ連れてきた者に与える』
「なにこれ! 完全にオークション乗っ取られてる!」
玲奈の叫び通り、オークションの支配権が裏切者のプロメサーに移ってしまったのだ。
「瀬尾、逆探はまだか?」
少し焦るような灰島の問いには、「ちくしょう!」という声が返ってくる。
「ダメだ! 追尾のたびに経路が変わる。というか常に高速でサーバーを移動してるんだ! 俺のマシンスペックじゃ破れねえ!」
その時だった。プロメサーの支配する『タルタロス』の画面が、再び更新された。今度は、彼自身からの情報投下だった。
【情報提供者:プロメサー】
【速報:英国の獅子(MI6)、日本の小さな鼠を狩るため、東京へ部隊を派遣。現在、対象に接近中との情報あり】
「うそでしょ!?」
プロメサーが、MI6の動きをオークションサイト上で暴露したのだ。それは、他の参加者たち、特にCIAを焚きつけ、MI6を抜け駆けした裏切り者として攻撃させるための、悪魔的な扇動だった。
そして、その情報が真実であることはすぐに証明された。
ガガッ、と画面に激しいノイズが走る。
「なんだこれ……?」
瀬尾のPCの画面が、砂嵐のように乱れる。警告音が鳴り響き、彼の顔を映していたカメラ映像が激しく点滅した。
「横から誰か入ってきやがった! くそっ、この手口は……、MI6の連中か!?」
「瀬尾さん!?」
玲奈の問いかけに答えることなく、瀬尾の声と映像は、無機質な音と共に、完全に途絶えた。
「灰島くん、いかん!」
マスターの絶叫が隠れ家に響く。彼の管理する無数の監視カメラが、隠れ家から半径5キロ圏内で、複数の不審な人物と車両を捉えていた。
その動きは、訓練されたプロのもの。間違いなく、この場所を正確に特定し、包囲網を狭めてきている。
「瀬尾! 聞こえるか? 反応しろ!」
叫んでも目の前のPCはブラックアウトしたまま、手に持ったスマホも何の反応もしない。
「撤収だ!」
灰島が即座に命じる。チームは、阿吽の呼吸で最低限の機材をまとめ、緊急脱出の準備を始めた。




