表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コードネーム・ファントムの新たな日常 〜平穏を夢見る元諜報員は、なぜか国家規模の事件に巻き込まれる〜  作者: 桜瀬ひな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/62

ファントム、協力する7

「……聞いていいか?」


 その質問に、灰島は「あぁ」と短く答える。


 ここは灰島の部屋で、ローテーブルには淹れたてのコーヒーがある。そのコーヒーには手も付けず、瀬尾は神妙な面持ちで質問した。


「お前、あそこが臓器ブローカーだと知っていたのか?」


「いや」


「知っていたよな?」


「全く」


「そうじゃなきゃ、前回の大麻栽培といい、今回の臓器ブローカー摘発といい、なんで国際的な組織まで一網打尽なわけ!? ってか、ここはかの有名な米花町なわけ!? お前が一歩歩けば、事件に当たるのか!? そうなのか!?」


 ソファから半ば身を乗り出して詰め寄る瀬尾に対し、灰島は表情一つ変えず、静かに口を開いた。


「まず、なんのことを言っているかは理解したつもりだが、米花町は架空の地名だ。現実との混同は非論理的だ」


「すでにお前の存在が非現実だろうが!」


 瀬尾はがっくりと肩を落とし、自分の頭を抱えた。その姿を見て、灰島は「ふむ」と腕を組んで彼の前に座った。


「前回の案件は、ご近所の騒音を解決しようとした結果だし、今回の案件も店に助けを求めに来た技能実習生がいただけで、俺は何もしてないぞ?」


「何もしてない!?」と、瀬尾が食い気味に尋ねる。


「玲奈のミッション失敗リスクがかなり高いと判断したから、仕方なく介入したまでだ。結果として、背後の組織が判明したのは偶然の産物だな。俺の行動と事件の規模に、直接的な因果関係はない」


 淡々と、あまりにも淡々と語られる真実に、瀬尾は天を仰いだ。


「……つまり、お前はただこのアパートの管理人の孫娘を助けに行っただけだと。そのついでに、たまたま国際人身売買組織をひっくり返したと。そういうことか」


「簡潔に言えば、そうなる」


「はは……ははは……」


 瀬尾は乾いた笑いを漏らし、テーブルに突っ伏した。


「駄目だ、こいつがいたら殺人事件が起きかねん」


「理由もなく人は殺さん」


「殺したところで証拠も残さんだろうしな。って、違う! お前じゃなくて周りで勝手に事件が起きるって言ってんの!」


「なんの科学的根拠のない言い分だな」


「あー、なんとでも言ってくれ……、って、俺、油断してた?」


 瀬尾がコーヒーの伸ばした手を止めそう聞けば、灰島は「いや」と答え、自分のコーヒーを口にした。


 ピンポーン


「彼女は忍者らしい」


「はい?」


「だから、気配の消し方が絶妙なんだ」


「……からかってんの?」


 じとっと見上げる瀬尾に、灰島はフッと笑い立ち上がると玄関のドアを開けた。勿論、そこに立っていたのは玲奈だ。


「……これ、おばあちゃんの漬物、は口実で一応お礼、言っとこうと思って。先日はありがと?」


 最後が疑問形になったのは、部屋の中に見たことのない人を見つけたから。


「え? 灰島さんに友達っていたの!? 絶対にいないタイプかと思ってた!」


「うーん、なかなか失礼だけど激しく正解!」


 笑顔でそう答える瀬尾に、「なぜおまえが正解を決める?」と灰島が言うが、誰も聞く耳を持たない。


「初めまして、灰島の元同僚で瀬尾恭介です」


「あ、初めまして。私、このアパートの管理人の孫で、紅林麗玲奈です」


 知ってる。とは言わず瀬尾はにこりと笑う。


「で、お礼って?」


 すべてを知っているくせにそう質問する瀬尾に、玲奈は「え? あ、えと」と焦りまくり。


「先日の雨で傘を貸しただけだ」


「そ、そう! そうなんです! コンビニの傘ですけど!」


 灰島の助け舟に、玲奈は必死で頷く。その様子を見て、瀬尾は面白くてたまらないといった表情でニヤニヤしている。


「へぇー、傘一本で、わざわざお礼を? しかも、おばあちゃんの漬物まで口実にして。律儀だなぁ、玲奈ちゃんは」


「う……」


 からかうような瀬尾の言葉に、玲奈の顔がみるみる赤くなる。助けを求めるように灰島を見ると、彼は一つため息をついた。


「瀬尾。お前のコーヒーは冷めたんじゃないのか?」


「おっと、これは失敬。つまり、お邪魔虫は帰れ、と」


 灰島からの事実上の退去勧告を受け、瀬尾は楽しそうに笑いながら立ち上がった。


「じゃあ、お二人さん、ごゆっくり」


「そ、そういうんじゃないです! 全く! 完全に! 100パーないです!」


 と、きっぱり言い切る玲奈に、瀬尾はひらひらと手を振って部屋を出ていった。


「……で、漬物は?」


「あ、うん。これ」


 玲奈は差し出していたタッパーを灰島に渡す。


「それと、こっちはコンビニの傘のお礼で──」


「なんであの工場長を攻撃しなかった?」


「え?」


 もう一つ持っていた小さな紙袋を突き出す手が止まる。


「あの時、俺が介入しなくても、お前なら問題なく対処できたはずだ」


 体格差はあるが、彼女の身体能力をもってすれば、そんなものは何のアドバンテージにもならないだろう。なのに、彼女は決して反撃することなく、ただ逃げることに専念していた。


 そして今、それを指摘されても彼女は俯いて何も言わない。


「もしかして、普通の人間を攻撃したことが無いのか?」


 そんな灰島の問いに、玲奈は怒っているような困ったような、複雑な表情を見せた。


「……おじいちゃんとは組手やったことあるけど、普通の人を殴ったりなんてする機会があると思う? どれくらいで気を失うかとか、どんだけやったら死んじゃうかと、分かんないじゃん」


「分かるだろ」


「一緒にしないで」


「……」


 確かに、普通に生活をしていて人を殴るなんて状況に陥る人間は、ほとんどいないかもしれない。しかもこれくらいなら気を失って、ここまでやれば死ぬ、なんて限界まで知る人間は少ないだろう。


「分かった、これは受け取ろう」


 彼女の手にある紙袋を、灰島は受け取った。どうやら駅前にあるスイーツ店の限定シュークリームだ。


「その代わり、俺が教える」


「え?」と驚き顔を上げる玲奈に、灰島は続けた。


「毎朝のランニングに付き合え。コースから少し外れるが、橋を渡ると河原に降りれるところがある。そこでどれくらいで気を失うか、どこまでやれば死ぬか、その力加減を教えてやる」


「……さすがに殺し方まではいいわ。ってか、殺ったことが本当にあるわけじゃないでしょ?」


 探るような玲奈の質問に、灰島は「さあ、どうかな」とはぐらかす。


「だが、どこをどのくらいの強さで殴れば気を失うか、は的確に教えられるな」


「……なら、お願いします」


 素直にそう言うものだから、彼女の頭を撫でたくなる衝動はなんだろうか?


「それにしても、漬物とシュークリーム。どういう組み合わせだ?」


「うっさいわね! 文句あるなら食べないでよ!」


「いや、食べる」


「なら黙って食べなさいってば!」


 玲奈がそう叫ぶと、灰島は「わかった」と静かに頷き、静かにドアを閉める。


「明日は5時半だ。遅れるな」


 別にデートの約束でもないのに、一瞬ドキリとしたのは、きっと彼が笑っていたからだろう。


「ホント、無駄にハイスペックね」


 玲奈はそう言いながら、彼の部屋の前を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ