ファントム、協力する6
外の雨は、まだ降り続いていた。灰島は来た時と同じように、音もなく闇に紛れ、玲奈を安全な場所まで導く。彼の背中を追いながら、玲奈は自分の未熟さを痛感していた。怒りと正義感だけで突っ走り、結局は危険な状況に陥ってしまった。彼がいなければ、どうなっていたか分からない。
「……あの、ありがと……」
工場の敷地を抜け、人気のない路地裏まで来たところで、玲奈はようやく声を絞り出した。 灰島は足を止め、玲奈の方を振り返る。
「礼を言われるほどのことじゃない。ただお前の行動は、ただの自己満足だ。誰かを救いたいなら、もっと冷静に、確実な方法を考えろ」
厳しい言葉だったが、その奥にあるのは紛れもない気遣いだった。
「……うん」
素直に頷く玲奈を見て、灰島はふっと息をついた。
「だが、お前が手に入れた証拠が、彼らを救う切り札になる。……よくやった、玲奈」
初めて名前を呼ばれ、そして、ほんの少しだけ口元を緩めた灰島の表情に、玲奈の胸が小さく高鳴った。
「……無駄にイケメンだわ」
「なんだ?」
「なんでもないわ。早く帰ってシャワー浴びましょ。風邪ひいちゃう」
「ほら」と差し出されたのは、コンビニのビニール傘。
「この雨の中、傘もささない奴は頭がおかしいか、犯罪者だ」
「……偏見にも程があるわ」
「まだ濡れて頭を冷やしたいなら──」
「ありがと」と、奪い取るように傘を灰島からもぎ取ると、玲奈は傘を開く。たったそれだけで、少しだけ温かくなったような気がした。
数日後、工場に警察の捜査が入り、経営者と工場長は不法就労助長や労働基準法違反などの容疑で逮捕された。タオをはじめとする技能実習生たちは、劣悪な環境から無事に保護され、NPO団体や人権擁護団体からの支援を受け、より良い環境の受け入れ先へと移されることになったという。
さらに捜査が進むにつれて、経営者たちが違法な生体肝移植のブローカーとして、国際的な人身売買組織の一端を担っていたことが明らかになった。彼らは弱みにつけ込み、経済的に困窮した人々を言葉巧みに誘い、非合法な臓器売買へと斡旋していたという。
この事実は、工場で行われていた犯罪の根深さと、その背後に潜む国際的な闇のネットワークの存在を浮き彫りにした。
その内容を、各局のニュースキャスターが、神妙な面持ちで原稿を読み上げる。
「警察の調べによりますと、容疑者らは技能実習生として受け入れた若者たちに定期的な健康診断を受けさせ、適合するドナーを探していたとのことです。工場長が口にしていた『出荷』という言葉は、製品ではなく、海外の富裕層へ臓器を提供させるために若者たちを送り出すことを意味していたとみられています……」
「嘘、でしょ……?」
玲奈は、ソファの上で凍りついていた。手にしたマグカップが、カタカタと音を立てる。 健康診断……、失踪届を二人分に……、あの夜、事務所で聞いた会話の断片が、恐ろしい意味を持って蘇る。タオが逃げた腹いせに、別の誰かを「出荷」しようとしていたのだ。ただの労働搾取ではなかった。
彼らは、命そのものを商品として扱っていたのだ。
玲奈はマグカップをグッと強く握り、一気にぬるくなったココアを飲み干した。
「良かった……」
一言そう呟いて、マグカップをテーブルに置くと立ち上がった。




