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ファントム、就職する2

「そういえば、就職は決まりましたか?」


 唐突にそう聞かれ、灰島は「え? あ、いや、まだ……」と苦い笑みを浮かべる。


 確かに普通の生活を送るなら就職はするべきだ。けれど、まだどんな仕事をしたいのか、自分の中ではっきりしない。いっそ、これまでのスキルを活かして警備員になるのはどうだろうか? それなら探偵なんてのもいいかもしれない、と考えがまとまらないのだ。


「コーヒー、お好きですよね?」


 その質問にも、灰島は困ってしまった。自分は本当にコーヒーが好きなんだろうか? 嫌いではないことは確かだが、コーヒーの何が好きなのか? と聞かれると困ってしまう。産地や挽き方、淹れ方の違いは分かるが、それはあくまで分かるだけで、どっちが好みか? と聞かれても答えは無い。無いのだが、ふと瀬尾の言葉を思い出した。


「……よく、分かりませんが、もう一度飲みたい、と思う程度にはうまいと思っています」


 素直にそう答えると、マスターは「ふふ」と笑う。


「それでいいんですよ。では、ここで淹れてみませんか?」


「え?」と驚く灰島に、マスターはカウンターの中に手招きをした。


「お客はいませんから、今のうちです」


 言われるがまま、灰島はカウンターの中に入った。そこは、マスターの城。整然と並べられた器具、磨き上げられたカウンター、そして、壁一面に並ぶ様々な種類のコーヒー豆の瓶。


 その全てが、マスターの長年の仕事への誇りを物語っているようだった。


「さあ、どうぞ」


 彼に促され、灰島は恐る恐るネル(布フィルター)を手に取る。マスターは、豆の選び方から挽き方、お湯の温度、そして最も重要だという蒸らしと注ぎの作法まで、一つひとつ丁寧に、しかし簡潔に教えてくれた。


 灰島は、言われた通りに実践する。


 彼の動きには、初めてとは思えないほどの正確さと落ち着きがあった。無駄な力は抜け、全ての動作が理にかなっている。まるで、長年そうしていたように、一流のバリスタのような所作は完璧だ。その彼の淹れたコーヒーの前で、マスターは微笑んでカップに手をかける。


「君なら、出来ると思っていました」


 マスターは、灰島が淹れた最初の一杯を口にして、素直な感嘆の声を漏らした。


「いえ、言われた通りにしただけです」


「それが一番難しいんですよ」


 マスターはそう言って、悪戯っぽく笑った。


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