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ファントム、捜査開始3

 灰島は、マグカップに注がれたコーヒーを一口すすりながら、冷静に画面を眺める。彼が仕掛けた「うどんこ菌」が、順調に効果を発揮しているようだ。この菌は一度発生すると根絶が難しく、商品価値を著しく下げる。彼らの焦りは当然だった。


 彼らの話を聞くかぎり、別の場所でも同じような症状が出ているらしい。きっと、ここと別の場所を行き来するうちに、彼らの衣類などに着いた菌が勝手に拡散したのだろう。嬉しい誤算だ。


 このまま時間をかければ、この5人の逮捕からそのバックにいる反社組織の壊滅まで追い込むことは可能だ。


 例えば、Bの横流しを助長させ、AとBの対立を激化させれば、彼らの背後にいる組織同士をぶつけることも可能だろう。お互い共倒れになればよし、そうならなければなるように仕向ければいい。


 他には海外の密売組織とBが手を組むように仕向け、その組織とAの組織と争わせるのもいい。国際的問題になれば、警察はかなり本腰を入れてくるだろうから、かなりの力をそぐことができるだろう。


 それ以外にも、考えられる方法は10通りほどあるのだが……。


 世界の平和を考えるなら、これを小さな大麻栽培摘発なんて事件ではなく、国際的な大麻販売として摘発すべきなのだ。


 ピンポーン


 珍しくなるインターフォンに、灰島はPCのモニターを消し立ち上がった。


 部屋の前に誰かがくるまで気が付かないとは、気が緩んでいたのだろうか? そんなことを考えながら、ドアの前に立って納得した。


「あ、灰島さん! お疲れ様でーす!」


「玲奈さん、お疲れ様です」


 彼女なら納得だ。歩く時の足音もしない、気配も綺麗に消す彼女なら気づかなくて当然なのだが、一体彼女は何者なのだろうか?


「ん? なんか難しい顔してますね。お仕事まだ見つかってないんですか?」


「そうですね。それにしても今日はいつになく気配がありませんでした」


 灰島の返しに玲奈は「えへ」と照れるように笑う。


「特技なので! あ、そうだ、これ!」


 そう言って差し出したのは、一つのタッパー。


「おばあちゃんの特技は漬物なんです。これはぬか漬け、良かったら食べてください」


「……ありがとうございます」


 人の作ったものは食べる気にはなれない、けれどここで断るのは近所付き合いを続ける上で悪手だろう。


「それで、何か悩んでるんですか? お仕事、見つかりませんか?」


「あ、いえ、そういうわけでは……。ただ、選択肢が多すぎて、どれが一番いいのか決めかねていただけです」


 灰島がそう答えると、玲奈は「あー、分かるかも」と頷いた。


「色々考えすぎると、疲れちゃいますよね。シンプルなのが一番ですよ。この町みたいに、平和で、普通なのが」


 そう言ってにっこり笑う彼女の言葉が、灰島の心にすとんと落ちた。


 そうだ。自分は何をしようとしていた?  国際的な犯罪組織の抗争を煽り、警察を大規模に動かす。それは、かつて自分がいた世界のやり方だ。血と硝煙の匂いがする、『ファントム』のやり方だ。


「……そうですね。シンプルなのが、一番いい」


 灰島がぽつりと呟くと、玲奈は満足そうに「でしょ?」と頷いた。


「じゃあ、私はこれで。あんまり根を詰めないでくださいね!」


 嵐のように現れ、そして去っていく。灰島は手の中の漬物の冷たさを感じながら、静かにドアを閉めた。


 部屋に戻り、PCの前に座る。


 画面には、先ほどまで彼が練っていた十数通りの壮大な計画が、ファイル名となって並んでいる。どれもこれも、血なまぐさく、複雑で、そして『普通』とはかけ離れたものばかりだ。


「世界の平和、か……」


 そんなものは、もっと暇な誰かに任せればいい。


 今の自分が守るべきは、この静かな町の、ささやかな平和だ。玲奈が、マスターが、大貫さんが、そして自分自身が暮らす、この場所の平穏だ。


 灰島は、練り上げた計画のファイルを、躊躇なく全てゴミ箱へとドラッグ&ドロップした。そして、空にする。


 選ぶべき道は、一つ。最もシンプルで、最も効果的で、そして最も『灰島平太』らしいやり方。


「手短に、だな」


 そう言って立ち上がると、部屋のエアコンを見上げた。


「聞こえてるんだろう? クラブ」


 勿論、そこにはエアコンしかない。けれど灰島は確信していた。


「いいか、一度しか言わない。30分以内にここへ来い。来なければ逆にお前に会いに行くが、手段は選ばん。意味は分かるな?」


 まるでひとり言だが、きっとクラブは30分以内に現れるだろう。


「その間に……」


 彼は手に持ったタッパーを開け、キッチンに立った。


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