ファントム、捜査開始1
「さて」と口にして、周囲を観察する。なんら変わりのない、日常。特に珍しいことも無ければ、事件性の感じられるものは何もない。
けれど、先ほどの大貫の話からは『事件性』しか感じない。
とはいえ、戦争が起きるわけでもないし要人の暗殺が行われるわけでもない。まして国家転覆を企んでいるわけでもなければ、クーデターも起きない。
今までの任務からしても、これは重要度は低いと言わざるを得ないだろう。
命令でもなければ、任務でもない。それでも、こんな事件を知ったからには関わるべきなのだろうか?
「縁、か……」
マスターの言葉を思いだし、灰島は歩き出した。
「まずは状況証拠だな」
そう、どんな訴えも証拠がなくては動いてくれない。幸い、大貫がある程度の情報を与えてくれているから、やることは簡単だ。とはいえ、今はコクチョウ――かつて所属していた諜報機関――を辞めた身。銃も無ければ、道具も何も彼の手にはない。
「……アキバで全部そろうだろう」
あの町は、ありとあらゆる電化製品が手に入る。白物家電からPC関連、そしてスパイの道具まで。
彼は進路を変え、昼の喧騒から外れた路地へと向かった。
灰島が歩いているのはアキバの大通りではなく、小さな路地を入り階段を下りて看板すらない店。少し周りを警戒して、音も立てずにドアを開ける。
薄暗い店内、そこにはいろんな電気製品が所狭しと並べられていた。その中央にカウンターがあり、そこに座る小柄な男が「やあ」と声をかけた。
「久しぶりだね、ファントム」
熱い眼鏡をかけたまだ30代だろう男性は、見た目はこの街特有の『オタク』のようにも見える。
「今日は私用なんだ。小型監視カメラと小型盗聴器、あぁ、追跡も出来るタイプな」
「私用でこれを使う奴はストーカーか誘拐犯、なんにしても犯罪者だよ、ファントム」
ニコニコ笑いながら、男は言われたものをカウンターに用意した。
「そういえば、コクチョウ辞めたって聞いたけど本当?」
「あぁ」
即答する灰島に、男は「マジで!?」と手に持ったカメラを落としそうになって「っと!」と持ち直した。
「なんで辞めちゃったの? 給料いいんでしょ?」
「給料は、気にしたことないな」
会話をしながら、製品を一つずつ確認していく。
「何が不満なの? 恋愛禁止とか?」
「最近の若者はiPhoneだったな、ミラーリングソフトも。ダミーもいるな」
「相手のスマホを見るのはお勧めしないなぁ。嫌われちゃうよ?」
「好かれたいとも思わん。ちなみに恋愛禁止は聞いたことないな」
「え?そうなの? でもさ、結婚は出来そうになくない?」
「している奴もいた。これ、もう少し小さいものに」
「そうなんだ。それじゃこれはオマケね」
そっとカウンターに置かれたのは、小型の銃。
「これはいい。俺はもうコクチョウではないしな」
「あはは、麻酔銃だよ。でも要らないなら、バタフライナイフにする? 切れ味は保証するよ」
返せば、代わりに小さなナイフを出されたが、それすらも返した。
「それほど危険な任務ではない」
「え? 任務なの?」
そう返され、灰島は少し悩んで「違うな」と返す。
「少し、近所のゴタゴタを頼まれただけだ」
灰島はそう言うと、「世話になったな」と店を出ていった。
これで道具は揃った。灰島はそれを持って家路に着く。その途中、少しだけ寄り道を。
大貫家の裏の家の前には、車が一台通れるだけの道がある。その道の突き当たりは二車線ある幹線道路。輸送ルートとしては理想だろう。
築40年を超える一戸建ての前で、足を止める。閉められたカーテン、壁際に置かれた室外機は動いている。車もないところを見ると、ここには誰もいないのだろう。
庭に放置されたままの肥料の袋、大貫の証言通り青臭い匂いが鼻につく。それらをカモフラージュするために植えられた家庭菜園は、雑草が覆い茂っている。
「こんな近くで……、俺も気が緩んでるな。それにしても見張りの一人もいないとは、不用心な」
彼から見れば、ありとあらゆる人はみんな不用心だろう。
まずは入り口近くの塀に、誰にも分からない所作で小型マイクを取り付ける。そのほか、空き缶にカモフラージュしたもの、木の枝にとすぐにはバレない場所へ取り付けるとそのままそこを後にした。




