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「……リリアナさん?」
アリスを部屋から出す際に、自分にはまだ話があるからと残したにもかかわらず、数分の間一言も発さないリリアナに、いよいよエリーゼが話があるんじゃないかと促した。
リリアナは椅子に座ったままジロっとエリーゼに視線を向けると、ひとつ溜め息を吐いて重々しく口を開いた。
「座っても構わないわよ?」
そう言ってベッドを指すが、エリーゼは首を横に振った。
「いえ、私はこのままで。それよりも、アリスさんを退席させてまでの話とは何なのでしょうか? 私と貴女とでは大した契約も交わせませんよ?」
「そんな大それた話じゃないわ。エリーゼ様。貴女アリスと少しは話をしたのでしょう?」
「アリスさんとですか? 確かに話はしましたが、馬車でも周りには子供たちがいましたし状況を伝える程度です。そもそも私は彼女とは初対面ですよ?」
アリスを退席させた上で話すのだから彼女に関係することだろうとは思っていたが、エリーゼが今言ったようにアリスと会ったのは今日が初めてだし、周囲に人がずっといて私的な会話は全くと言っていいほど出来ていない。
エリーゼもアリスとリリアナの関係が希薄なことは薄々把握していたが、アリスについて母親であるリリアナに何かを話せるようなことはない。
頬に手を当てて困惑していると、リリアナは「そうじゃないわ」と一言呟いた。
「あの娘は二歳か三歳の頃に誰にも教わらずに魔力を暴発させて顔を破壊したわ。その後回復魔法を身に着けて自力で治療を行ったそうよ。あり得るかしら?」
「……魔力操作だけなら無いとは言えませんが、誰にも教わらずに回復術までもとなると珍しいですね。魔術師の家系……というわけではありませんよね?」
「ビーンズ家もグレイの血筋も、少しは魔力を扱える者はいても大したものではないわ」
魔力の過多は訓練で伸ばすことも出来るが、血筋も大きな要因で、腕の良い魔術師は一族に魔術師が多い傾向がある。
だが、貴族とはいえビーンズ家は元々農家の一族だし、グレイは傭兵団を代々継いではいても平民で、どちらも特別な家系というわけではない。
アリスは誰からも教わらずに彼女自身の才能であれだけの力を付けたことになる。
つまり、リリアナがエリーゼに聞きたいことは……。
「アリスさんが【賢者】がどうかですね?」
エリーゼの言葉にリリアナは頷いた。
◇
賢者。
賢き者。
一般的にはそう捉えられていて、学院の教授や街や村の知恵者を指す言葉だが、別の意味を持つ場合もある。
異世界の知識や記憶を生まれつき持っている者を指す場合だ。
また、幼い頃から誰にも教わらずに高度な魔力操作や魔術を身に着けたりする特徴もある。
アリスが正にそれだ。
誰にも教わらずに高度な魔力操作と回復魔術を身に着けて、戦闘訓練を受けていないのに傭兵と互角に渡り合える身体強化と戦闘技術まで持っている。
【賢者】としての条件は満たしているように思えるが……もう一つ絶対の条件がある。
名前だ。
【賢者】はこの国や地方では滅多にない名前を持つ者ばかりで、実はその名前こそが重要だったりする。
付けられた名前がそれに該当する場合、確率は極めて低いが【賢者】として育つことがある。
【賢者】の情報を知る国では、出生時に国や領主や一部の宗教組織に届けを出させて、仮の名前を与えられるようになっているが、それは【賢者】の情報を管理するためだ。
もっとも強制でもなければ、届けを出さなくても罪に問われることはないんだが、【賢者】の情報を知る貴族の場合は別だ。
「私は出産時は野営地にいたわ。だから届けを出していないのよね……」
「アリスという名の【賢者】は私は聞いたことがありません。もちろん全てを把握しているわけではないので漏れがあるかもしれませんが……」
「アリスが顔を破裂させたと聞いて以来私も情報を集めてはいたけれど……そんな名前の【賢者】は確かにいなかったわね。考え過ぎなのかしら。まあ、いいわ。付き合わせてごめんなさいね」
リリアナはそう言うと、これで話は終わりなのか席から立ち上がった。




