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二階に上がったボクたちは、話をするために使用人に言われた通り一番奥の部屋に入った。
一人用の部屋らしく、ベッドとテーブルと椅子が一人分ずつ設置している。
特に装飾も調度品もないし、客をもてなすためじゃなくて宿泊させるためだけの部屋なんだろう。
母は部屋に入ると、一脚しかない椅子に真っ直ぐ歩いて行き、迷うことなく座ってしまった。
これから何か話をするつもりなんだろうが……ボクとエリーゼ様は立ったままそれを聞くことになりそうだ。
何というか……学校の先生に怒られている生徒を連想してしまう。
自分で言うのも何だが前世のボクは割といい子だったし、先生に怒られるような機会は一度もなかったんだが……まさか転生して似たような状況に立たされるとは思いもしなかったな。
テーブルに肘をついてボクたちに冷たい視線を向けている母を見て緊張しているが、エリーゼ様は全く気にしているように見えない。
何というか……このお嬢様はお上品な見た目と違って随分図太い気がする。
家の方針らしいが、領主の一族なのに騎士団に入団して真面目に仕事をしているし、今日にいたっては命を狙われたのに動じた様子を見せていない。
貴族ってそういうものなんだろうか……と感心していると、母が「さて……」と口を開いた。
「おじ様やジョンの前だったから控えていたけれど……私は別に領主一族に思うことはないわ」
「……やっぱりビーンズさんの家はあんまりいい感情を持ってないのかな?」
ボクの言葉に母は「フッ」と鼻で笑った。
母のその態度にエリーゼ様は目を丸くしているが、気にする様子もなく話を始めた。
「ラカンパの街を作るために周囲の農村を当時の領主主導で合併したことを、領内どころか国内でも偉業のように語られていることは知っているわ。アリス、貴女もそこのお嬢様から聞かされたと言っていたわね」
話を振られて驚きはしたが、一先ず「うん」と頷いた。
「間違いではないし、それ自体は問題無いわ。ただ……その直後に領内が大きく荒れたことは知らないでしょう? 領主一族ではどうかはわからないけれど、民間では全くと言っていい程伝わっていないわ」
「……疫病が流行り、国外を含む他所の勢力が領内を荒らしたことは教わりました」
エリーゼ様の言葉に、母は「フッ……」と鼻で笑った。
「アリス。貴女、おじ様と代官との関係をどう感じたかしら?」
ビーンズ家の次期当主も子じゃなくて孫を選んでいるし、丁度そういうタイミングだったって可能性もあるが、代官を含むあの場の全員がお爺さんに追従していたように見えたのが気になっていた。
もしかして、ソレと何か関係があるんだろうか?
「……お爺さんの方がなんか偉そうだったね。年齢差もあるからかな? 親子ぐらいは離れてるよね?」
とりあえず無難な言葉を選んで答えると、母はジッと僕を見たかと思うと、「まあ……いいわ」と呟いた。
「疫病が重なったこともあって、領内の兵力が足りていなかったのよ。だから、賊を討伐するために領主の命令で代官や村長の一族だった者たちが兵を率いて出陣したの。その結果大半が命を落としたわ。おじ様の世代で生き残ったのは、歳が離れて生まれたためまだ戦に出るには若すぎたおじ様だけ」
「……あらまぁ」
「元々当主は別の者が就いていたのだけれど、命を落としたためおじ様が引き継いだのよ。貴女と同じくらいの歳の頃ね。一つの街として纏められていなければ、出陣する番をずらしたり出来たでしょうけれどね」
チラッとエリーゼ様の様子を窺うと、先程と同じく目を丸くしているが、さらに声を漏らさないように口元に手を当てている。
この様子では今の話は初めて聞いたみたいだ。
ボクもそうだし驚きもしたが……彼女にとっては一族の偉業だったことが、ラカンパの街の代官や幹部格の一族にとっては正反対だったことになる。
代官やビーンズ家の対応の理由がわかったが、エリーゼ様にとっては衝撃の事実だったろうな。




