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「失礼します。お嬢様……」
もう屋敷に到着するのか馬車の速度が緩やかになっているが、それでもまだ動いている。
だが、それでもお構いなしに馬車のドアがノックされたかと思うと、カイルと呼ばれていた兵が中に入って来た。
「あら? どうしました?」
ボクたちだけじゃなくお嬢様もしっかり驚いているが、お構いなしに彼はお嬢様の耳元に近づくと、何やら小声で伝えている。
その際に一度こちらをチラりと見ていたが、ボクに何かあるのか……それとも群狼戦士団の方で何かわかったんだろうか?
こちらを見たってことはいずれにせよボクに関係することだろう。
気にはなるが馬車の音が邪魔で聞き取れない。
盗み聞きをする訳にもいかないし、首を傾げながらも二人の会話が終わるのを待つことにした。
左程長い内容でもなかったようで会話はすぐに終わり、二人は揃ってこちらを向く。
お嬢様は今まで通りニコニコしているしカイルは仏頂面だしで、表情からは何もわからない。
「アリスさん」
「何でしょうか……」
やはりボク絡みか?
「貴女のお母様も屋敷に呼ばれているそうですよ」
「おかあさま……母親ですか?」
一体何を言われるんだろうと警戒していたが、「お母様」という全く想定外の言葉に一瞬思考が停止してしまった。
「ええ……お母様に会うために街を目指していたのですよね? 応援の要請に送った者が群狼戦士団の件を伝えたからでしょうか? こちらにはまだ事情は詳しくは伝わっていないと思いますが、気を利かせたのかもしれませんね」
お嬢様が言うように、確かにボクがこの街を目指していたのは母親に会うためだったんだが、まさか向こうが既に居るとは……それだけ今回のことは大事なんだろうか?
「それにしても、アリスさんはビーンズの一族でしたのね」
気になる言葉がさらに出たが、それよりも……母親か。
どの道何とかして会おうとは思っていたが……ちょっと不意打ち過ぎる。
仮面で隠れていたからよかったが、恐らく今のボクの表情は何とも言えないものになっているだろうな。
そんなことを考えながら、「ぬぬぬぬぬ……」と呻き声を上げて頭を抱えていた。
◇
さて、本当にもう屋敷は目前だったようで、母親がいることを聞いて間もなく敷地に入り、やがて馬車は停止した。
「あら? 代官たちも出迎えに出て来ていますね。行きましょうか」
外に視線を向けていたお嬢様がそういうと席から立ち上がった。
気持ちの準備は全く出来ていないが、かと言って子供たちの手前ボクが情けない姿を見せるわけにはいかない。
街に入った当初や商業区を通っている間ははしゃいでいた子供たちも、徐々に街の規模の大きさや周囲の様子の変化に圧倒されてすっかり大人しくなっているし、しっかりしないと……。
「わかりました。皆、行こうか」
小さく息を吐いて気合いを入れ直すと、手を叩いて子供たちに声をかけた。
そして、カイル、お嬢様、ボクの順で馬車から降りていく。
馬車の扉は足場があっても地面から高い位置にあり、ボクは大丈夫だが子供たちにとっては大変だ。
車内に目を向けていると、先頭の子供が降りるのに手間取っていた。
手を貸そうかと思ったが。
「あ……ありがとうございます」
「かまわん。さあ、私に掴まれ」
ボクより先にカイルが子供たちを抱きかかえて降ろしてくれた。
さらに、全員を降ろした後は車内に戻り忘れ物がないかの確認までしている。
仏頂面だが中々気の利く男のようだ。
ただ、気が利くのはいいが、ボクの心の機微までは読み取れていないようだ。
屋敷に背を向けたまま「はぁ……」と小さく溜め息を吐いた。
背中を向けたままちょっとでも気持ちが落ち着くための時間を稼ぎたかったんだが、彼がボクの代わりに手伝ったお陰でいよいよ振り向かざるを得なくなった。
「仕方ないか……」
小さく呟くと、意を決して振り向いた。




