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馬の駆け足にだって負けない速度で頭から滑り込んだボクは、地面の凹凸に多少体を跳ねさせたりしながらも、そのまま数メートルの距離を一気に滑り切り兵たちのすぐ手前に辿り着いた。
それと同時に、あの何かを仕掛けようとしていた兵が「はあああああっっ!! 食らえぇぇいっ!!」と、雄叫びを上げながら大きく剣を振り抜いた。
「うわっ!?」
何も見えはしなかったが、明らかに力のある何かがボクの頭上数十センチメートルの高さを通り抜けていったのがわかった。
地面に伏したまま恐る恐る背後を振り返ると、彼らを包囲していたり、ボクを追って来ていた賊たちが呻き声一つ上げることすら出来ずに倒れている。
……倒れているというより、真っ二つになって血を吹き出しながら崩れ落ちていた。
今まで見たことのない光景に言葉を失っていると、この光景を生み出した当人が「ぐぅっ……」と苦し気に喘ぎながら、崩れ落ちて膝をついた。
「大丈夫か?」
「あ……あぁ。大分消耗をしたが……大半を仕留めたはずだ。残りは……」
「ああ、残りは私たちに任せろ。お前は無理をせず、ここでお嬢様を頼む」
まだ生き残りはいるようだが、今の一撃で相当数を減らせたようで、ボクが見た時は大分劣勢だったみたいだが……一気に形勢逆転だ。
そして……。
「あの……大丈夫でしょうか?」
誰かボクの側に駆け寄ってきたかと思うと、先程までの荒っぽい賊の声や兵の声に比べると随分か細く思える、女性の声が安否を訊ねてきた。
あの一撃を放って消耗しきっている彼だが、「お嬢様!?」と慌てて声を上げたかと思うと、立ち上がる気配を感じた。
村から見た時に兵たちが一人を庇うような動きをしていたが……この女性を庇っていたらしいな。
そして、賊たちが狙っていたのも恐らく彼女か。
間近で見てやろうと体を起こすために腕に力を込めたが、傷が痛み上手くいかず顔から地面に落ちてしまった。
「なっ!? 動いてはいけませんよ。ひどい怪我です……」
ボクを起こそうとしたのか、腕を伸ばしてきたのがわかるが……「お嬢様」と再び兵が制止した。
どうやら相当ボクのことを警戒しているようだ。
袋を被って顔を隠している謎の女……そう考えたら当たり前と言えば当たり前か。
流石にこの状態のボクが何か出来るとは思わないだろうが、それでも警戒され続けるのも鬱陶しい。
もう一度腕に力をこめると、今度は先程のようにならないように慎重に体を起こしていった。
体を起こして顔を上げるが……ボクの顔を見てお嬢様が息を飲んだのがわかった。
兵の誰かが覆面と言っていたし、顔を隠しているのはわかっていただろうが……まさか目の位置に穴の開けたただの麻袋を被っていただけとは思わなかったんだろう。
もっとも、このお嬢様だって口元こそ出しているが、頭部全体を覆えるバケツみたいな兜を被っているし、顔が見えないのはお互い様だ。
「お前は群狼戦士団の娘だな? 噂だけは聞いたことがある。後で聞きたいことがあるが……いいな?」
そう言ってボクと嬢様との間に、重たい体を引きずって兵が入って来た。
どうやら彼はボクのことを知っているらしい。
基本的にいつも野営地に引きこもっていて、外の人間はおろか団の人間とも関わる機会は少なかったんだが……我ながら奇抜な姿をしているし、噂くらいは広まっているんだろう。
とりあえず……身元がわかったらか、多少は警戒心が収まったように見えた。
「ボクもほとんど何もわからないけれど、それでいいのなら……っ!? 何をっ!?」
話の途中で唐突に彼がボクに手を伸ばしたかと思うと、襟を掴んで後ろに投げ飛ばした。
ボクが混乱するのは勿論だが、お嬢様も「どうしたのですっ!?」と非難めいた声を上げる。
だが、彼はそれに答える代わりに「伏せろっ!!」と叫んだ。
今度はなんだと地面に倒れながら振り返ると、彼はボクたちを守るように立ち塞がっていた。




