本章
《少女がYouTubeに投稿した動画》
前髪を垂らしたセミロングで黒髪の少女が、自分のスマートフォンで、自撮り動画を撮影していた。
何度も前髪に手をやり、いくつかの表情をつくる。やがて、画面に向かって右手でピースサインをおくった。
少女は、化粧品や歯ブラシなどが並ぶ、自宅らしい白い壁の明るく綺麗な洗面所で、女子高生の制服を着ていた。
突然、動画の背景が変った。
少し薄暗くなっている。
再び、あの少女。
右の大きめの黒い瞳のアップのあと、俯いたために黒い前髪だけが映った。
そのあと、顔を上げるとやはり垂らした前髪を何度も指で整えた。
はじめて少女が、画面に向かって喋りはじめる。
──来世は、二重がパッチリしてて、あと変な男につかまらない!
髪を三つ編みに結った少女は、薄いピンク色のトレーナーを着ていた。背景に黄色の視覚障害者誘導用点字ブロックが見える。
どうやら、駅の灰色のホームに直に座っていた。
──終わりー、気持ち悪いよ。
もごもご喋る。
──だから苦しい。
また前髪を整えはじめた。
他の客らしい話し声が聞こえてきたが、すぐに静かになった。
──無理だよー
だって話し相手がいないんだもん。
話し相手がいません。
誰も助けくれません。
顔を上げ、やや斜めを見ている。
──彼氏に三つ編みが似合うと言われた。
音信不通の彼氏に。
今度は、じっと画面を見つめた。
──意味わからない。
意味わからない。
左手の腹で左目をこすり、鼻をすすった。泣いているのかもしれない。
──ぜんぶ解決って感じある。
後悔しないよ。
──あんなすぐ別な彼女作るし。
わかんないや。
──今までやって来たことなんもない。
ぜんぶダメだった気がする。
──私だけ頑張ってたし。
わかんないや!
わかんないや!
前髪に手をやり続ける。
──なんで私だけ頑張らなくちゃいけないのか、わからない。
──うーん、
私頑張りたくない!
──なんで頑張らなくちゃいけないの?
──電車なんかに轢かれたら、
もう無理だ。
──お母さん!
突然、踏み切りの警報機が鳴りはじめた。
一瞬、少女の表情がかたまった。
左頬に添えていた手も止まり、やがて拳をつくった。
目が左右に動く。
唇を噛んだ。
世の中すべてが静止したかのように、しばらく動画の画像も止まった。
しばらくして座っていた右足と、黒に赤い靴紐のスニーカーが映った。そばにはペットボトルが置いてあった。
やがて、少女は少しよろけながら、ふらりと立ち上がった。
灰色のホームの上。黄色の視覚障害者誘導用点字ブロックが見えた。
隣のホームの屋根の下の照明が、膨らんで白く輝いているが誰もいない。
やがて、少女は線路の方へ身体の向きを変え、ホーム際まで一歩足を運んだ。
ピンク色のミニスカートを履いて、細い脚をやや内股にしている。
電車の警告の汽笛が、激しく鳴り響いた。
動画は、ここで終わっていた。
このあと、少女がどうなったのかはわからない。
冷静に考えれば、この動画をYouTubeに投稿したものがいる。少女が自分で投稿したのか、あるいは他の誰かが投稿したのか?
やはり即刻、動画は削除されてしまいもはや投稿者はわからない。
しかし少女は、真剣になにかを叫んでいたし、とてもふざけて撮影したとは思えない。
突然、踏み切りの警報機が鳴りはじめたとき、一瞬、少女の表情がかたまった。左頬に添えていた手も止まり、やがて拳をつくった姿は、なにかをほんとうに覚悟を決めた表情だった。
世の中は、まことに荒唐無稽で、有象無象の輩が蠢いている。なぜ人間社会はこうなのだろう。
だからこそ、この少女のような小さな叫びは、星の数だけあるのかもしれない。
しかも少女にとっては、そんな小さな叫びがすべてのはずなのに……
曙光に照らされたラーメンチェーン店の待機用の簡易なベンチに腰かけて、シーと底辺が赤みを帯びはじめた碧水のような東の空を眺めた。
ススキのように体毛が煌めくシーも、おすわりをしたまま、つぶらなひとみでじっと東の空を見つめていた。
昨日買った真ん中に大きなワニのロゴがあるLACOSTEのタオルハンカチで汗をふいたら、とても生地が柔らかく気持ちがいい。それならとシーの顔もふいてあげたら、顔を歪めて嫌がった。可笑しくもかわいかった。
こんな些細なひとつひとつが、オレを荒唐無稽な世の中から救っている。
パステル画のような赤みを帯びた東の空に向かって、シーがめずらしくひとつ吠えた。
シーの小さな叫びは、大宇宙にまで届くだろうか?
オヤツがほしかっただけかもしれないが……




