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シーと小さな叫び  作者: ユッキー


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2/2

本章



 《少女がYouTubeに投稿した動画》



 前髪を垂らしたセミロングで黒髪の少女が、自分のスマートフォンで、自撮り動画を撮影していた。

 何度も前髪に手をやり、いくつかの表情をつくる。やがて、画面に向かって右手でピースサインをおくった。

 少女は、化粧品や歯ブラシなどが並ぶ、自宅らしい白い壁の明るく綺麗な洗面所で、女子高生の制服を着ていた。




 突然、動画の背景が変った。

 少し薄暗くなっている。


 再び、あの少女。

 右の大きめの黒い瞳のアップのあと、(うつむ)いたために黒い前髪だけが映った。

 そのあと、顔を上げるとやはり垂らした前髪を何度も指で整えた。

 はじめて少女が、画面に向かって喋りはじめる。


 ──来世は、二重がパッチリしてて、あと変な男につかまらない!


 髪を三つ編みに結った少女は、薄いピンク色のトレーナーを着ていた。背景に黄色の視覚障害者誘導用点字ブロックが見える。

 どうやら、駅の灰色のホームに(じか)に座っていた。


 ──終わりー、気持ち悪いよ。


 もごもご喋る。


 ──だから苦しい。


 また前髪を整えはじめた。




 他の客らしい話し声が聞こえてきたが、すぐに静かになった。


 ──無理だよー

   だって話し相手がいないんだもん。

   話し相手がいません。

   誰も助けくれません。


 顔を上げ、やや斜めを見ている。


 ──彼氏に三つ編みが似合うと言われた。

   音信不通の彼氏に。


 今度は、じっと画面を見つめた。


 ──意味わからない。

   意味わからない。


 左手の腹で左目をこすり、鼻をすすった。泣いているのかもしれない。


 ──ぜんぶ解決って感じある。

   後悔しないよ。


 ──あんなすぐ別な彼女作るし。

   わかんないや。


 ──今までやって来たことなんもない。

   ぜんぶダメだった気がする。


 ──私だけ頑張ってたし。

   わかんないや!

   わかんないや!


 前髪に手をやり続ける。


 ──なんで私だけ頑張らなくちゃいけないのか、わからない。


 ──うーん、

   私頑張りたくない!


 ──なんで頑張らなくちゃいけないの?


 ──電車なんかに()かれたら、

   もう無理だ。


 ──お母さん!




 突然、踏み切りの警報機が鳴りはじめた。

 一瞬、少女の表情がかたまった。

 左頬に添えていた手も止まり、やがて(こぶし)をつくった。


 目が左右に動く。

 唇を噛んだ。


 世の中すべてが静止したかのように、しばらく動画の画像も止まった。


 しばらくして座っていた右足と、黒に赤い靴紐のスニーカーが映った。そばにはペットボトルが置いてあった。


 やがて、少女は少しよろけながら、ふらりと立ち上がった。

 灰色のホームの上。黄色の視覚障害者誘導用点字ブロックが見えた。


 隣のホームの屋根の下の照明が、膨らんで白く輝いているが誰もいない。


 やがて、少女は線路の方へ身体の向きを変え、ホーム際まで一歩足を運んだ。


 ピンク色のミニスカートを履いて、細い脚をやや内股にしている。


 電車の警告の汽笛が、激しく鳴り響いた。




 動画は、ここで終わっていた。

このあと、少女がどうなったのかはわからない。

 冷静に考えれば、この動画をYouTubeに投稿したものがいる。少女が自分で投稿したのか、あるいは他の誰かが投稿したのか?

 やはり即刻、動画は削除されてしまいもはや投稿者はわからない。


 しかし少女は、真剣になにかを叫んでいたし、とてもふざけて撮影したとは思えない。


 突然、踏み切りの警報機が鳴りはじめたとき、一瞬、少女の表情がかたまった。左頬に添えていた手も止まり、やがて(こぶし)をつくった姿は、なにかをほんとうに覚悟を決めた表情だった。




 世の中は、まことに荒唐無稽(こうとうむけい)で、有象無象(うぞうむぞう)(やから)(うごめ)いている。なぜ人間社会はこうなのだろう。

 だからこそ、この少女のような小さな叫びは、星の数だけあるのかもしれない。

 しかも少女にとっては、そんな小さな叫びがすべてのはずなのに……




 曙光(しょこう)に照らされたラーメンチェーン店の待機用の簡易なベンチに腰かけて、シーと底辺が赤みを帯びはじめた碧水(へきすい)のような東の空を眺めた。

 ススキのように体毛が煌めくシーも、おすわりをしたまま、つぶらなひとみでじっと東の空を見つめていた。


 昨日買った真ん中に大きなワニのロゴがあるLACOSTEのタオルハンカチで汗をふいたら、とても生地(きじ)が柔らかく気持ちがいい。それならとシーの顔もふいてあげたら、顔を歪めて嫌がった。可笑しくもかわいかった。

 こんな些細なひとつひとつが、オレを荒唐無稽な世の中から救っている。

 

 パステル画のような赤みを帯びた東の空に向かって、シーがめずらしくひとつ吠えた。

 シーの小さな叫びは、大宇宙にまで届くだろうか?

 オヤツがほしかっただけかもしれないが……





挿絵(By みてみん)



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