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第六十四話 転職

中免取るために貯金中なのだ。


オススメのバイクってあります?

とある場所で意識を取り戻したボドが飛び起きる。


「ギャアアアアアアアァ!…あ、あれ?俺ぁ、生きてるのか?」


頭をかち割られる夢を見ていた。手で撫で回すが幸いな事に割れてはいない。相変わらず髪は薄薄いが。


「何処だよここは…?」


周囲を見回すとここが天幕の中だという事だけは分かった。

どうやら気を失っている間に運び込まれたようだ。辺りには自分の寝ているもの以外にも布団が並べられており、多数の人間が寝起きしているのだと分かる。


「おう!起きたか!」


「え?」


不意に天幕が開かれ、中年の男が顔を覗かせた。歳は自分より少し上だろうか。

日に焼け黒ずんだ強面の顔ながら、歯だけは妙に白い。ニカッっと笑うがまったく爽やかとは言えない。むしろ怖い。体格もガッチリとしており二の腕は自分の倍はありそうだ。酒場で出くわしたら間違いなく離れて座るだろう。


「あの…ここは何処で…?」


「細かい事ぁ気にするな!取り敢えず昼飯にするぞ!今日は久しぶりにタケルの旦那から差し入れが有ったからな!ご馳走だぁ!ガハハッ!」


「あ、え?ちょっ!え?え?」


「ほれほれぇ!」


男に引きずられながら天幕を出るのだった。





ボドが無理心中を起こして、またはタケルに追い掛け回されて一ヶ月が過ぎた。彼が送られた場所はアルベリアから遥か東に位置する辺境の地。そこでは森を切り開き、村からアルベリアまでの道を引く工事が行われている。


知らぬまに飛ばされていたボドも、周りに流されるように工事に加わっていた。何せ身一つで来たため、アルベリアに帰ろうにも先立つ物がない。ここは辛抱して国への旅費を稼ぐべきだと考えたのだ。というか、それ以外に建設的な案が浮かばなかった。


だが嬉しい誤算もあった。工事の最中、たまに岩などの障害物に行き当たるのだが、ここで元石工としての経験が活きた。


岩の移動や破壊、撤去など、畑違いながら石工の技が流用出来る場面が多く、ボドの技術は重宝された。


まさか自分の石工の経験を活かせる場所がこんな所にあるとは思いもしなかった。オマケに上役が給金に色を付けてくれるとまで言ってくれる。その額は石工であった頃より多いくらいだ。


相変わらず妻と息子には会えないが、ボドは以前よりも満ち足りた日々を送っていた。だがそんなボドの目にあの日の悪夢が蘇る。


普段と同じく道を塞ぐ大岩と格闘していた所、何気無く後ろを振り返った先で、自分を死の淵へと追いやった男と上役が談笑しているのを目撃したのだ。


(ギャ~~~~っな、何であいつがここにィ~~!!)


心の叫びと共に岩影に身を隠す。その素早さたるや脱兎の如くだ。逃げ仰せてはいないが。


「あん?何してんだべぇ~ボッさぁん?」


「話し掛けんな!シッ!シッ!」


邪険に同僚を追い払い、小さく小さくしゃがみ込む。見付かればまた地獄の逃走劇が始まるとあって必死だ。


実際はこの地にボドを送ったのはタケルなので、彼が殺す気ならばとっくに死んでいる。冷静になれば分かりそうなものの、以前のトラウマがボドから正常な思考を奪っていた。


「頼む~~こっち来るなよぉ~~!」


岩を背に必死で祈る。助かるなら何にでも祈る。神でもスライムでも構わない心境だ。


「あ、見付けた。」


「ヒィッ!?」


飛び上がるようにして逃げ出すボド。儚くも彼の祈りは届かなかった様だ。オマケにタケルの腕が素早くボドの襟首を捉え、瞬く間に羽交い締めにされた。


とうとう、自分の命は終わりかと瞼をキツく閉じるも、中々終焉の時は訪れない。


「そら。」


「へ?」


恐る恐る目を開けたボドの前に手紙らしきものが差し出された。「嫁さんからだ」と聞いたボドは、恐怖を忘れ手紙を引ったくる。


手紙は二枚に分けられており、一枚は絵。拙い…恐らく子供が描いたであろう絵だ。辛うじて二人の男女と一人の子供がモデルだと分かる。ボドと妻のマーア。そして息子。


「お前の息子が描いたんだ。」


「あ、あいつが…」



二枚目に目を通す。

手紙には妻の字で簡潔に『待っています』と、あった。


「うおおおお~~~~っ!!」


「うおっ!ビックリした。」


突如絶叫したボドが大粒の涙を流し始める。手紙は強く握り締められ、くしゃりと音を立てた。


「お、俺は何て事を…」


何故、こんなにも優しい家族を殺そうなどと考えたのか?愚かな自分をまだ許してくれるというのに。初めて自分の罪と向き合った男は力なく崩れ落ちた。


「ハハハ…ほんと…親父に似て下手くそな絵だなぁ…。」


見返した絵は線もブレており、色使いも片寄っている。構図もメチャクチャで芸術性は皆無。物心つく前の少年が描いたものだから当然だろう。しかし下手ながらも暖かみのあるその絵には、家族三人が幸せに暮らすという子供の願いが込められていた。


「ふぐぐ…面目ねぇ…面目ねぇ…」



今の自分はこんな細やかな願いも叶えてやれない。膝をついたボドは手紙に顔を埋めて嗚咽を洩らすのだった。





暫くしてボドが落ち着きを取り戻すと、タケルが家族の様子について語った。


妻のマーアはタケルの紹介で孤児院で働いている。主な仕事は子供達の世話で、同時に息子の面倒も見れるため一石二鳥という訳だ。息子も孤児院の子供に混じって仲良くやっているそうだ。


「そうですか…済まねぇ旦那…。」


現状を聞き感謝するボド。袖口で何度も目元を拭う。


「でも、何で俺のためにそこまでしてくれるんで?」


「ハッ!馬鹿言うな。誰が禿げ上がり始めたオッサンの為に働くか。前にも言っただろ?お前の嫁さんの友人が俺の友人だってよ。」


「そ、そうッスか…。」


妻は恐ろしい友人を持っていたらしい。ミアンが聞いたら頬を膨らませてムクれそうな感想を抱く。


「それじゃ頑張れよー。」


「ヘイ!お世話になりました!」


ヒラヒラと手を振るタケルを佇まいを正して見送るボド。その顔は呑んだくれの駄目亭主ではなく、一端の職人の面構えだった。


「危ねー!崩れるぞボドォ!」


「逃げろーー!!」


生まれ変わった気分で仕事に精を出そうとした直後、仲間から警告が発せられた。街道に沿った岩壁から巨大な岩が崩れ落ちてきたのだ。


「なっ!?」


大岩は轟音を纏いながら転げ落ちる。直撃すれば命はないだろう。しかも最悪な事に、大岩は突き出た岩肌をジャンプ台にしてボドの真上へと飛び上がった。


「チクショー!やっとこれからだって時に!」


何とツイて無いのだ。心機一転、心を入れ換えて働こうとした直後にコレだ。ボドは自分の運命を呪った。


「フッ!」


命の危機は突如、躍り出た影によって救われた。抜き放たれた片刃の剣が大岩を両断したのだ。大岩は二つに裂け、ボドを避けるようにして落下する。


「ふう、危ないな。昨日の雨のせいか?」


岩を斬った影はタケル。彼は地響きと砂埃の舞うなか何食わぬ顔で刀を仕舞う。



「ハ、ハハハ…」


去っていくタケルの背を見送りながら、ボドは顔を引きつらせる。


「俺ァあんなのに追いかけ回されてたのかよ…。」


「おっと、そうそう…」


「ど、どうしたんで?」


ボドはビビッていた。今はもう怯える必要も無いのだが、散々脅かされ死ぬ目を見せられた相手なので無理もない。そんなボドの態度など意に介さず、タケルはいたずらっ子の様な笑みを浮かべながら語り掛けた。


「なるべく早く嫁さんに会いに行ってやれよ。出ないと……取っちまうぞ?」


「へっ!?」


幾ら妻が綺麗でも三十後半。二十そこそこのタケルとは歳が違い過ぎる。とはいえ、彼がそういう趣味であれば無きにしもあらず。妻も若い男の甘い言葉にコロりといくのでは?と、不安が過る。


「冗談……ですよね?俺を焚き付けようと……」


「さぁ、どうかな?」


ニンマリと口元を歪ませる。


「……早く稼がねぇと。」


帰ってみたら息子がタケルを父と呼んでいたらシャレにならない。

金が貯まり次第、一刻も早く帰ろう。そう決意するボドであった。




偶には浪花節もイイモンダー。



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