第六十一話 従者ウズメ誕生?
お待たせしました。今回はシリアス半分まったり半分といった感じでござんす。
アマノ家にとってイチタロウ誘拐事件は呆気ない幕切れとなった。
救出に駆け付けたキジュウロウとウズメの前へ、イチタロウを連れたタケルがひょっこりと姿を現したのだ。「もう終わったよ」と語るタケルに対し、念のため確認に向かうキジュウロウ。
彼が屋敷で見たのは、粗末なモノをぶら下げて宙釣りにされたニザエモンと、その手下達だった。
「ふ、ふふ…ふはははははっ!これは敵わんな!」
商売敵の醜態を目の当たりにしたキジュウロウは、大きな体躯を仰け反らして笑いこける。同時に、これだけの多人数を相手どったタケルの力に感嘆するのだった。
「しかしよくもこの数を吊るせたものだ!」
後日、衆目に晒されたニザエモンは一家共々街を去っていった。誘拐の証拠は無く、キジュウロウも訴え出なかったため罪には問われなかったが、流石に商売を続けるには信用を失い過ぎた様だ。
それから三日後の夜、キジュウロウがタケルの部屋を訪ねた。後ろにはウズメの母ミフユの姿もある。
「ふっ、すっかりなつかれてしまった様だな。」
辺りを見回し目尻を下げるキジュウロウ。視線の先ではイチタロウを筆頭に、ウズメの弟妹達が陣取っており、タケルから貰った玩具を使って思い思いに遊んでいた。
特に末っ子のコタロウなど、タケルの膝上で眠そうにうつらうつらと舟を漕いでいる。そろそろおねむの時間が近い。
「さぁ、お前達、もう夜も遅い。部屋へ戻るぞ。」
キジュウロウの掛け声で名残惜しそうにしながらも部屋を出る子供達。眠りこけているコタロウも、ミフユに抱かれ部屋を後にした。
子供達が去ると、部屋に残ったのはキジュウロウ、ミフユ、そしてタケルの三人。ワイワイと子供達の声で騒がしかった部屋に静けさが戻る。
「タケル殿、折り入って話がある。」
「話?」
真剣味を帯びたキジュウロウの声。タケルは怪訝な顔でキジュウロウへと目を向けた。
「恥を忍んで頼む…。ウズメを預かってはくれぬだろうか?」
「なに?」
藪から棒な願いにタケルは眉をひそめる。彼は険しい表情でキジュウロウの言葉を待った。
「知っての通りウズメは追われる身にある。このまま国に留まれば、いつか追っ手が差し向けられるであろう。」
「だから厄介払いしようと?」
タケルの顔に色濃い影が落ちる。発する声は低く、これまで一度も見せたことの無い怒気を孕んでいた。纏う雰囲気も鋭く重々しい。これがつい先ほどまで子供相手におどけていた男かと、目を疑いたくなる豹変振りだ。
豪放磊落を地で行くキジュウロウでさえ、タケルの放つプレッシャーにたじろぐ。女性であり、修羅場を知らないミフユなど血の気が引いていた。
「ああ、勘違いせんでくれ。わしもミフユも出来る事ならば、あの娘にはここに留まって欲しいと思っておる。」
やや早口でキジュウロウが誤解を解く。このままでは妹が卒倒しそうだ。やはり目の前の男は只者ではない。十分過ぎる程再確認した。いや、思い知ったというべきか。
「確かに人目に着かぬようひっそりと生きれば見つかる事はなかろう。しかしあの娘は武人…」
仮にもウズメは一族筆頭の剣士である。タケルには歯が立たなかったが、それは比べる相手が悪いというものだ。
「人前に出れぬままでは、アレの武は錆び付いていくばかりだ。ならばせめて異国でその力を振るわせてやりたい。」
「成る程。そういう事か。」
合点がいったと頷くタケル。発していた重圧は止み、表情も柔和なものを取り戻す。張り詰めた空気から解放されたミフユもホッと息を吐くのだった。
「けどこればっかりはウズメが決める事だしなぁ。」
当事者であるウズメにこそ決定権があると言うタケルだったが、それに対しキジュウロウは大きく頷く。
「うむ。もっともだ。だが心配無用。この件に関してはウズメも承諾済みである。」
「そうなのか?」
ならば何故ウズメ自身がこの場に居ないのか。理由は簡単だ。口下手なウズメに代わり世話好きなキジュウロウが交渉を買って出ただけである。勿論ウズメは反対した。自分の問題なのだと。しかしキジュウロウは家長としての権限と威厳によってこれを押さえつけた。
本音は伯父としてせめてこのくらいの事はしてやりたいという親心あってのことだ。
「どうだろう?あの娘を連れて行っては貰えんだろうか?旅費や必要な物は全てこちらで用意させて頂く。」
「ウズメが行きたいってのなら構わないさ。」
あっさりとウズメの同行を許可する。タケルの能力なら次からはジャッポンへ来るのも転移であっという間だ。もしも彼女が国へ戻りたいと思うならば直ぐに叶えてやれる。
「一応確認するが、本当に邪魔者だとは思ってないんだな?」
「…言ったであろう?あの娘はわしの可愛い姪だと。もしも邪険にするような事があれば、この腹かっ捌いてくれる。」
本気の目だ。肉親を大切に思う者がする目。慈愛に満ち、相手の為に覚悟を持った目だ。これには見覚えがある。レイアの家族が彼女に向ける眼差しと同じ。何処に居ようとウズメは己の家族だと誓うキジュウロウの言葉に嘘は無い様に思う。
ただ、タケルは気付いていない。彼自身もまた、レイアやリン、孤児院の子供たちなど、身内と認めた者に対して同じ目をしている事に。
「ふふっ…」
「うん?如何した?」
不意に相好崩すタケルに、キジュウロウが不思議そうに首を傾げる。
「いや、責任感の強いウズメの事だから、きっと今頃ヤキモキしながら待ってるんだろうと思ってね。」
実際、別室で待つウズメはそわそわと落ち着き無く部屋を往復していたりする。
彼女はまさか自分の様子をネタにされているとは思ってもみないのだった。
「ハッハッ!違いない!」
「クスクス…良くお分かりで。」
キジュウロウとミフユの顔にも笑みが浮かぶ。もはや三人の間に剣呑とした雰囲気は無かった。
「そんじゃ帰りますかねぇ。」
「はっ。宜しくお願い致します!」
アルベルリアへと帰国する当日、タケルとウズメはアマノ一家総出で見送られ屋敷を出た。
「しっかしあそこまで気に入られるとはねぇ。」
「お恥ずかしい限りで。」
道中、タケルの呟きにウズメが頬を赤らめて答える。原因は末弟のコタロウだ。何故か相当にタケルを気に入ったらしく、中々離れてくれなかったのだ。ついにはタケルの裾を握り締めて泣き出す始末で、出発には苦労した。思わぬ伏兵が居たものだ。
「あ、そうそう!ウズメ、指輪を擦ってみな。」
街の外れに差し掛かった頃、思い出したかのようにタケルが声を掛ける。
「これで御座るか?」
以前タケルに貰った守護の指輪を、指示に従い三度ほど擦る。すると突如、指輪に付けられた宝石が光を放った。
「ふおおおーーっ!?」
動転している間にも光は形を成していく。
「扉…で御座るか?」
現れたのは何の変哲もない扉だった。困惑しながらも扉を開けるとそこには…
「あら?ウズメ、どうかしましたか?何か忘れ物でも?」
扉の先に居たのは、小一時間前に別れた筈の母だった。
「あ…い、いえ。その…失礼します。」
それなりに感動的な別れを交わした後だった為、気恥ずかしくなったウズメは慌てて扉へと戻る。そしてすぐさまタケルを問い質した。
「タケル殿ぉ!これは一体どういう事で御座るかぁ!?」
「や、だって偶には里帰りもしたいだろう?これならいつでも帰られるからキジュウロウ達も安心かと思って。」
事も何気に答えるタケルと、仰天するウズメ。酷い温度差である。
「それより今晩開ける酒どっちが良いと思う?」
「ああ、それならば右の清酒がキレも良く…ではなく!!」
つられそうになるウズメだが、直ぐに佇まいを正し片膝を膝をつく。
「タケル殿!もはや拙者、タケル殿には易々とは返しきれぬ恩を受けております!なれば、この身を賭して貴殿に仕える事をお許し願いたいと存じます!」
頭を垂れて口上を述べるウズメ。彼女の言葉はタケルの臣下として仕える事を意味していた。ウズメにしてみれば、タケルから受けた恩はもはや数え切れないほどに上る。これに報いるにはもう臣下となるしかない。何より、ウズメ自身も心からそれを望んでいた。特に扉の件は駄目押しとも言える。
「そう畏まるなって。もっと楽に行こうや。」
「いえ!そうは行きませぬ!」
「じゃあ、晩酌に付き合ってくれよ。それでチャラって事で…」
「成るわけが御座らぬー!!」
「お土産選んでくれたし、それで良くね?」
「でーすーかーら!!」
タケルの求める対価がどれも相応ではなく、その度にウズメの絶叫は繰り返されるのであった。
今回でジャッポン・ウズメ編は終了です。
ここまでお付き合い頂きありがとうございましゅ……ありがとう御座います。
……噛んでません。