第六十話殴り込み
ストック削除という愚行にて、書き直しを余儀なくされ申した…
「五月蝿いぞ!何をバタバタと騒いでいる!」
エチゴヤ・ニザエモンは自室で食事を取っていた。晩酌も兼ねており、お気に入りの器に酒を注いでいると妙に部屋の外が騒がしい。
大方、子飼いのならず者達が羽目を外しているのだろう。まだアマノ家から人質を取ることに成功しただけだというのに。交渉はこれからだ。勝った気になるのは早すぎる。少々緩んだ意識を締めてやる必要がありそうだ。それともキジュウロウが乗り込んで来たのか。奴の気性からして十分に有り得る事だ。
後者ならば攫った甥っ子を盾に話を進めるだけだ。場合によってはそのまま消してやるのも悪くない。
「旦那!来たんです!アマノんとこの用心棒が!」
「ほう…」
部屋へと転がり込んで来た頭目が報告する。てっきりキジュウロウ本人が来ると思っていたのだが。やはり衰えているのか?それともその用心棒は余程キジュウロウに対して忠義を抱いているのか。
どちらにせよ対応は変わらない。厄介な相手を一人潰せるのだ。ニザエモンはイチタロウを連れてくるよう指示すると、余裕たっぷりに庭先へと足を運んだ。それ自体が慢心だとは気付かずに。
「うげぇ!」
エチゴヤの屋敷にて、タケルに斬り掛かったならず者の一人が倒れ込む。死んでは居ない。だが刀の柄で腹部を打たれ、胃液を撒き散らしながら沈んだ。当分飯は食えないだろう。
「野郎!一人で乗り込んで来やがるとは!」
「舐められたもんだぜ!」
タケルを四方から取り囲むならず者達。その数は港で対峙した時よりも多い。ニザエモンが来るべきキジュウロウとの決戦の為、新たに雇い入れていたからだ。
「囲め!包み込んじまえばこっちのモンよ!」
「フッ!」
人数差で押し切ろうとするが、タケルは素早い動きで彼らの僅かな隙間を潜り抜ける。同時に敵を打ち据え、通った後には意識を失った者達が地に伏していた。
「そこまでにして貰おうか。」
敵が半数程減った所で声が掛かる。エチゴヤ・ニザエモンだ。手下を連れて現れた彼の傍には、縛り上げられたイチタロウの姿もある。
「お前が親玉かい?」
多数のならず者に周囲を囲まれながらも、タケルには微塵も焦った様子は無い。彼は至って平静な態度で声を掛けてきたニザエモンへと向き直る。
「ふてぶてしい男だ。如何にもアマノの用心棒らしい。」
吐き捨てるような口振りだった。余程キジュウロウの事が嫌いなのだろう。
「どうでも良いけどイチタロウを返してくれないか?今なら謝罪だけで許してやるぞ?」
「貴様、状況が理解出来ているのか?」
ニザエモンは手にした短刀をイチタロウの首筋へ向ける。
「こちらには人質が居るのだ。返して欲しくば文に書いた条件を飲め。でなければ子供の命は無いとアマノに伝えるのだな。」
脅しのつもりで短刀を抜いたのだろうが、これがいけなかった。タケルにとってはウズメは身内。ならば彼女の弟であるイチタロウも身内だ。
そこへ武器を向けた時点で、ニザエモンは越えてはならない線を越えてしまった。
「動くな!」
ニザエモンが制止するが、タケルは耳を貸さず歩み寄る。
「貴様…何のつもりだ。」
短刀に力を込める。殺す気はない。後にはキジュウロウとの交渉も控えているのだ。血の一滴も滴れば怯むに違いない。しかしニザエモンは違和感を覚えた。
短刀が動かないのだ。まるでイチタロウの首と切っ先の間に見えない何かが有る様に。
いや、短刀だけではない。いつの間にか全身の動きがその何かに阻まれていた。振り解こうと力を入れてもビクともしない。短刀を持ったこの体勢のまま、狭い棺桶にでも押し込められている様だ。
手下も同じらしく、周囲からは動揺の声が上がっていた。
「う、動けん!どういう事だ!?」
想定外過ぎる状況にうろたえるニザエモン。そして動きを封じられた彼らから、タケルは易々とイチタロウを奪い返すのだった。
「で?何?人質がどうこう言ってませんでしたっけぇ?」
「ぐ、ぐぬぬ…」
厭味たっぷりにケケケと嘲笑うタケルの前で、ニザエモンが悔しげに呻く。出来ることなら今すぐにでもこの若造の首を締め上げてやりたかった。だがその願望は叶わない。切り札であったイチタロウは奪還され、自分と手下は不可思議な現象により動きを封じられている。これでは自分達が人質のようなものだ。
「貴様…物の怪かっ!」
「もののけぇ~~?子供を盾にする様な輩の方がよっぽど物の怪だろ。精神的な意味で。」
「五月蝿い!戯れ言を!」
喚き散らしながら身をよじるが、見えない拘束が解ける事はなかった。
「無理だっての。空間ごと固定しているからな。どんな怪力でも動けないぞ。」
「く、空間だと!そんな魔法、聞いたことが無い!」
「そりゃそうだろ。俺が創ったんだから。」
「なぁっ!?」
何気なく言い放たれた言葉にニザエモンは驚愕する。昨今、魔法技術は停滞しており、新しい魔法の発見は国家規模の大事件だ。稀に過去の文献からそれらしい記述が見つかるものの、どれも実用化には至ってはいない。
半世紀を生きたニザエモンでさえ、今まで見たことも聞いたこともなかった。
それがどうだろう?目の前の男は実際に魔法を行使し、あまつさえ自分で創ったと言うのだ。驚くなという方が無理な話だ。
「さて、問答は終わり。後はお前らの処遇だな。」
「はっ!?」
仰天していてすっかり忘れていた。自分達は今、危機的状況にあるのだ。このままでは拙い。五体満足な相手に対して、こちらは一切動けない。もしも目の前の男がその気なら、手にした長物でブスリ…一巻の終わりである。
ニザエモンは頭をフル回転させ、何とかこの苦境を脱する術を考える。幸い口は動く。商人として交渉術の使いどころだ。というかそれしか方法が残っていない。
「ま、待て!そうだ!お前のその魔法が有れば仕官も思いのままだぞ!わしが繋ぎを付けてやろう!」
「興味無いな。」
この世界へと来る前、親友の復讐でその手の命乞いは聞き飽きていた。タケルはニザエモンの提案をバッサリと切り捨てる。
「な、ならば女!女はどうだ!?この魔法は金になる!一生遊郭に通い詰めても釣りがくるぞ!?」
「うーん…ちょっと惹かれるけど…やっぱり要らね。女には不自由してないんでね。」
現在タケルは絶賛想われ中である。それも傾国と言って差し支えない美女二人からだ。彼女らと比べると美人といえど、そこらの遊女では二枚も三枚も落ちる。据え膳の質が違うのだ。
ちなみに前述した台詞は、『タケルの言ってみたい台詞』ベスト5にランクインしている。内心『言ってやったぜ』という気持ちだ。表にはまったく出してはいないが。
「それじゃ覚悟は良いか?ま、死にはしないさ。こっちにも色々都合が有ってね。お上には関わりたく無いんだ。」
ニザエモン以下の者達にとって、不幸中の幸いが二つ程ある。
一つは、ウズメが政府に追われる身である事。そのためタケルは彼らを誰一人殺してはいない。死人が出ては事件が大きくなり、ウズメの存在が公になる可能性が出てくるからだ。
二つ目は、ニザエモン達がイチタロウを傷付けていなかった事だ。もし仮にイチタロウが何かしらの重傷を負うか、死んでいたとしたら、ニザエモンは既に物言わぬ躯と化していただろう。
後者についてはタケル自身の性質が大きく起因している。
彼は神によって最悪な運勢を改善されるまで、親しい友人・知人を作れなかった。努めて作らなかったとさえ言える。また、唯一の親友を亡くしている過去も原因だろう。
そういった背景により、タケルは身内と見なした者が傷付く事に非常に敏感なのだ。とはいえ、危険に晒されたのは事実。落とし前は着けて貰うつもりだ。
「お仕置きターイム!」
タケルの宣言が高らかに鳴り響き、ニザエモンとその他面々は顔を青ざめさせるのであった。
「…んあ?」
早朝、長屋に住む瓦版屋のユキチは、珍しく人の声で目を覚ます。哀しいかな独り者なので、普段は鶏の喧しい鳴き声を聞きながら寝床を抜け出すのだが、今日だけは勝手が違った。
外から聞こえてくる複数の声は、子供のものから大人のものまで様々。偶に薄い壁から隣夫婦の営みの声が洩れてくるが、それとは違う様だ。
「ったく…何だよこんな朝っぱらからよ。」
適当に身なりを整えて家を出るユキチ。騒ぎは大通りに面したエチゴヤの屋敷で起きていた。
「そら!どいたどいたぁ!」
野次馬を掻き分けて中へと潜り込む。
「うおっ!こりゃどういうこった!?」
思わず驚きの声を上げる。屋敷門前では主ニザエモンと手下のならず者達が、裸のまま逆さ吊りにされていたのだ。
「あれだよあれ!」
野次馬の一人が立て札を指差す。そこには
『此の者、拐かしを企てし候。因って成敗仕った。バーイ T・K』
とあった。
「拐かしぃ!?こうしちゃ居られんねぇ!」
文末は見たことのない文字だが、内容は十分に理解出来た。ユキチは大急ぎで踵を返す。瓦版屋としてこの一大事を放って置く訳にはいかない。早速瓦版の用意だ。
殴り込みにしては少し地味だったかな(^^;)
あ、それと感想にてネタを下さった方、ありがとう御座いました。具体的には悪役へのお仕置きとか。
しかし書き直しは堪えるッス…。ストレスで煙草の本数が激増ww