第五十九話お買い物は計画的に
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家族と再会した翌日、ウズメは自分を送り届けてくれた恩人の部屋を訪ねていた。昨日は家族に会えた喜びから舞い上がってしまい、大したもてなしも出来なかったため、埋め合わせに街でも案内するつもりだ。ところがタケルが泊まっている筈の客間に彼の姿は無く、畳まれた布団だけがウズメを迎えた。
「ふむ、厠にでも行っておられるので御座るか。」
一体何処に行ったのだろうか?ウズメは丁度通り掛かったキジュウロウに尋ねる。
「伯父上、タケル殿の姿が見えぬようですが?」
「ああ、先程土産になる物を探しに街へと向かわれたぞ。」
「何ですと!それならば拙者にも声を掛けて下されば良いでしょうに!」
一足違いだったようだ。タケルとしては、ウズメに家族と過ごして貰おうと気遣っただけなのだが、ウズメには他人行儀に映ったらしい。彼女は慌ててタケルの後を追った。
「ふむ、余程執心と見える。」
キジュウロウは玄関へと駆け出していくウズメの背中を見送りながら、何やら含んだ笑みを浮かべる。
「お兄様、余計な真似は慎んで下さいませ。」
二人のやり取りを見ていたミフユがキジュウロウを窘める。この兄は少々節介焼きな癖があるため、釘を刺しておかねばならない。実際、自分と亡き夫との馴れ初めでも兄の存在が大きく関わっていた。
「おや?何のことやら。」
素知らぬ顔でしらばっくれるキジュウロウに、ミフユはジト目で自重を促す。
「タケル様が気に入った様ですけど、外から手を出すと却って身構えてしまいますよ。」
「ハッハッ!バレていたか。」
どうもキジュウロウはタケルとウズメをくっ付けたがっている節がある。確かにミフユの見立てでは、ウズメもタケルを憎からず思っているようだ。しかし相手は恩人だ。粗相が有ってはならない。それに無理に押し付けては彼も困るだろう。ましてや不快な思いなどさせようものなら亡き夫に叱られる。
「だが、ウズメも年頃だ。そろそろ相手を考えねば行き遅れてしまうぞ?」
「それはそうですが。順序というものが有ります。くれぐれも押し付けるような真似はなさらないで下さいませ。」
「むう…」
ミフユの意見は尤もだが、その順序が一向に進む気配が無い。原因はタケルの鈍さと奥手なウズメの性格だ。
「タケル殿はともかく、ウズメの方は少々焚き付けておくべきではないか?わしの見た所、タケル殿は朴念仁。恐らくウズメの好意に毛先程も気付いてはおらんぞ?」
「確かに…あの娘には荷が重いですね。」
剣一筋に生きてきたウズメが男を誘う術など持つ訳がない。その事は母親であるミフユが一番分かっている。
「全く…お前達夫婦の育て方は悪くは無いが、もう少し柔軟な性格に育てられんかったのか?」
「幸か不幸か、性格はあの人そっくりですものね。」
あの人とはウズメの父親の事である。どうやら彼女の性格は父親似らしい。
「いっそ、今晩辺り伽にでも出してみるか?幾ら鈍いとはいえ、若い娘が薄布一枚で訪れれば気付くだろう。」
「だから自重為さって下さい。薬が効き過ぎます。」
キジュウロウの過激な提案に頭を抱えるミフユ。やはり釘を刺して正解だった。
「タケル殿!お待ち下さい!拙者も同行致します!」
「おっ?ウズメか。」
追い付いたウズメがタケルに声を掛ける。幸い屋敷前の通りを歩いていたため見付ける事が出来た。これが脇道に逸れていたら探すのに苦労しただろう。
「もう良いのか?弟妹が離してくれなかっただろ?」
「ご心配なく。昨日、十分に話しましたので。それよりも出るならば声を掛けて下され。」
「ははは、悪かったな。」
拗ねたような口調のウズメに苦笑しつつ、謝るタケル。合流した二人は早速街へと向かうのだった。
時間は少し遡り、ウズメが家族と再会を果たしていた頃、エチゴヤでは一人の男が悪態をついていた。
「チクショウ!何だってんだあの野郎!」
憤慨しているのはタケルに下穿きを切り落とされた男だ。彼の周囲では同じくタケルに伸された子分達が傷を手当てしている。皆一様に人相の悪い者ばかりで、ここが店の裏手で無ければ商売に支障をきたすのは間違いない。
「あいてて…。親分、これってエチゴヤから治療代出ますかね?」
「しみったれた事言ってんじゃねぇよ!」
子分の愚痴を怒号でねじ伏せる。今の彼は醜態を晒したせいで酷く機嫌が悪かった。
「やれやれ…大口叩いておいてこの様か。」
「エチゴヤの旦那…。」
裏口から姿を現した店の主、エチゴヤ・ニザエモン。彼は心底失望した表情で一同を見渡した。
「今日こそアマノの奴を港から叩き出すと意気込んで…これで何度目だ?うん?」
嫌味たらしい口振りだ。
これが客前だと和やかで人当たりの良いものに変わるのだから、流石は商売人といったところか。
「違うんでさぁ旦那!アマノんとこが用心棒を雇いやがって。そいつが滅法強くって…」
「用心棒だと…アマノがか?」
ニザエモンが意外そうに眉を釣り上げる。つまらない理由なら給金をさっ引いてやろうかとも考えていたが、頭目の言葉は聞き捨てならないものだった。
確かに賊の襲撃やならず者からの因縁への対策として、商人が用心棒を雇うのは当たり前のことだ。さして珍しくも無い。大店であればその必要性は更に増す。だが、アマノ・キジュウロウは剛健で鳴らした男だ。これまでも店の荒事は店主である本人が担っており、用心棒を雇ったという例は無かった。
「ふむ…」
痩せこけ角張った顎を撫で暫し考える。
キジュウロウも四十半ば。それなりに歳だ。用心棒を雇ったのは自分が衰えた後も店を支えるためかもしれない。
だとしたら今の内に奴の地盤を崩しておかねば面倒な事になる。只でさえ最近は商売も押され気味なのだ。
「その用心棒…どんな奴だ?」
「それが一見、二十そこそこの若造なんですがね。いざ戦ってみりゃ、強い強い!ありゃあアマノの奴以上ですね。俺なんか気が付いたら地べたに転ばされてたんで。」
答えたのは頭目ではなく、横に控えていた子分だった。
「馬鹿野郎!てめっ!口を挟むんじゃねぇ!」
「ぐへぇ…」
でしゃばる子分の脳天に頭目がゲンコツを落とす。
「心配要らねぇですぜ旦那。次はあの野郎から始末しちまいますから。」
ニザエモンの機嫌を伺うようにヘラヘラと愛想笑いを浮かべる。ここで彼に見限られれば大事な稼ぎ口を無くすとあって必死である。
「アマノにも敵わなかった貴様らが勝てるのか?」
「そ、そりゃ闇討ちでも仕掛けて…」
「ふん…」
頭目の提案を鼻で笑う。
「馬鹿の一つ覚えもいい加減にしろ。アマノの時もそれで返り討ちにあったのを忘れたのか?奴以上の手だれに通用する訳がなかろう。」
「うぐ…」
やり込められた頭目が口を噤む。ニザエモンは彼の怯む顔を見て僅かに笑みを浮かべた。
「ふふ…。要はその用心棒も手を出せんよう策を練れば良いのだ。どれ、貴様らの足りん頭にわしが知恵を分けてやろう。」
太陽が山向こうへと傾き、街並みが濃い影を落とす頃、アマノ家へと続く道を一台の荷車が進んでいた。ゴロゴロギシギシと軋みを上げる車の荷台には、ジャッポンの特産物である魚介類や酒、反物などが大量に積まれている。
本来なら力自慢の男が五~六人で運ぶ重さだが、車を牽引しているのはタケルただ一人。魔法によって身体能力を強化しているため、息一つ乱さずに悠々と荷車を引いている。
「少々…いや、かなり買い過ぎでは御座らぬか?」
同行したウズメが若干困ったような表情で隣を歩く。まさかここまで大量に買い込むとは思わなかった。
「いやぁ、直ぐに亜空間倉庫に放り込むつもりだったんだが、あんなに目立つとは。失敗失敗!」
土産物を探しに出掛けたタケルは、行く先々で店の商品を全て購入していた。中々豪快な買い物である。
それらの品物は後でこっそり亜空間倉庫に収納する予定だったのだが、購入した店の主が気を利かせて荷車を用意したため、予想以上に目立ってしまった。
お陰で魔法を使う訳にもいかず、こうして荷車で運んでいるのだ。
しかしこれだけの荷物を一人で運ぶのは別の意味で注目を集めた。何せ人の背丈程にまで積み上げられた荷物を、たった一人の男が運んで行くのだ。
そのせいで店の主人達は購入時と運び出す時の二度仰天していた。きっと彼らにとってタケルは忘れられない客となったに違いない。
「はい、到着っと。」
「ウズメ!タケル殿ぉ!」
二人がアマノ家へと帰り着いた直後、玄関先に居たキジュウロウが駆け寄ってきた。
ただの出迎えとは違う。
彼は焦っている様子で、表情は硬く、何処か怒気さえ孕んでいるようにも見える。
「うおっ!これはまた…豪気な土産であるな。」
「それは兎も角、何かあったのでは?」
「う、うむ!」
大量の積み荷に気を取られていたキジュウロウが、ウズメの言葉で話を戻す。
「大変なのだ!イチタロウが!」
「むっ…!?」
キジュウロウの差し出した文に目を通し、ウズメの表情が険しくなる。そこにはウズメの一番上の弟、イチタロウを預かったと書かれていたのだった。
「何と卑劣な!」
弟が攫われたと知り激昂するウズメ。臍を噛む思いで読み進めた文には、アマノ家の港の使用権の放棄や取引先の譲渡など、勝手極まりない条件が綴られていた。
「エチゴヤめ!とうとう本性を現しよった!前からいけ好かん男とは思っておったが、ここまで非道な奴とは!」
「ええ!許せませぬ!子供に手を出すなど非道の極み!」
憤慨する姪と伯父。性格に多少の違いは有るものの、根底にあるものは同じな様だ。
「伯父上、暫しお待ちを!拙者が直ぐにイチタロウを救って参ります!」
「馬鹿を申すな!これはわしの商いから生じた騒動!決着はわし自らが着けねばならん!」
両者譲らず、話はどちらが敵に斬り込むかという方へ発展していく。だが、二人は気付かなかった。その場に居た筈の男が姿を消している事に。
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