第五十八話母娘再会と女遊び
体調不良とリアルの忙しさが重なって大変でしたぁ。
「ウズメ!良かった!心配したのですよ!もう会えないかと…」
「ご心配を…お掛けしました…。」
キジュウロウ宅の門前で抱き合う銀髪の女性が二人。一人は先日、見事一族の仇を討ち果たし帰郷した剣士ウズメ。もう一人は彼女の母親であり、二年もの間娘の安否を案じていたミフユである。
感動の再会はキジュウロウの屋敷を目指していたウズメが、偶々屋敷の前を掃いていたミフユと顔を合わせた事で始まった。二人は互いの姿を見るなり駆け寄り、涙ながらに抱擁を交わしたのだ。
「無事、仇を討ち果たして戻った次第で御座る。」
「馬鹿ね。出国の時に言ったでしょう?私は仇討ちなんてどうでも良いと。貴女が無事ならばいつ帰ってきても構わないのです。」
我が子の頭を胸元に抱き寄せ、優しく包み込むミフユ。ウズメは懐かしい母の温もりを呼び水に、張り詰めていた緊張の糸が切れる。
「うぐっ…ひぅ…母さまぁ!」
第三者が居るのも構わず幼子のように泣きじゃくるウズメ。少し離れた場所で、二人の再会をタケルとキジュウロウが見守っていた。
「良かったな!ウズメ、ミフユ!」
強面なキジュウロウの眼にも微かに光るものがあった。
「ズズッ…流石は本場。茶が美味い。」
ウズメとミフユが落ち着きを取り戻した後、客間へと通されたタケルは一人茶を啜っていた。今頃ウズメは別室で母や姉弟と再会を喜び合っているだろう。積もる話もある筈だ。今はそっとしておく事にする。
「いやはや申し訳無い!客人を一人にさせるなど無礼の極み!どうかこの通り。お許し願いたい!」
ドカドカとやって来たキジュウロウが豪快に頭を下げる。無作法ながら嫌味のない態度だ。
「気にしないで良い。安否も分からなかった娘が帰ってきたんだ。騒ぎもするさ。」
「お気遣いに感謝する。」
空になったタケルの湯飲みに茶を注ぐキジュウロウ。家主自らというのが誠意を示していた。
「ときにカミジョウ殿、何故貴殿はわざわざあの娘を此処まで送り届けて下されたので?」
「ん?おかしいか?」
「ああ、気を悪くせんでくれ。他意はないのだ。しかし大陸を渡るような大航海を経てまで送り届けるなど、容易ではないだろう?」
実際は飛んで来たのだが、それを言ってもまず信じては貰えないだろう。タケルは少々返答に困る。まして、この国までたったの十日足らずで着いたなど、キジュウロウには考えも付かない筈だ。
「…まぁ、俺にも色々ツテがあってね。この国に来るのもそんなに難しくは無いんだ。」
「ほう。だがあの娘を送る義理は無いのでは?」
キジュウロウが知りたいのは手段よりも動機だった。大陸を跨ぐような大旅行には時間も金も掛かる。ただの知り合いが親切心だけで行うには明らかに度が過ぎている…と。
「うーん…」
「もしやあの娘に惚れたのでは?」
「ブーーッ!?」
突拍子もない意見に、タケルは口に含んだ茶を噴き出す。以前に冗談でウズメに放った言葉がそのまま返ってくるとは思わなかった。
「何故そうなる!?」
「いや、我が姪ながらウズメはあの通り器量も良い。男ならば食指の一つも動こうと言うもの。」
タケルとしては自分と似た境遇のウズメに共感して手助けしたに過ぎない。しかし端から見ればそれだけでは理由としては弱すぎる。ならば二人がただならぬ関係ではと勘ぐるのも無理はなかった。
「いやいや、そういう理由じゃないから。あいつとは境遇が似てたんでね。俺がお節介を焼いただけだ。」
「境遇が?」
「事情が仇討ちってのがな。」
「成る程…。」
この男にもそういった過去があるのだろう。しかし一応相槌を打ってみるものの、やはり鵜呑みにする程の理由には思えない。
「だが良い女ではないか?」
「まぁ…ウズメは良い子だよ。生真面目で頑固な所が玉にきずだけどな。」
「ハッハッハッ!良く理解しておられる!」
キジュウロウも同意見だった。その辺りは彼女の亡き父から受け継いだ性質だろう。そしてタケルがウズメに抱いている感情は、女としてよりもまず妹分に近いものの様に感じられた。男女の関係には二歩も三歩も手前といった所か。
「ともあれ、ここまで送り届けるにはかなり労力も費用も掛かった筈。受け取って頂きたい。」
一頻り笑ってからキジュウロウが取り出したのは、ずっしりと重そうな風呂敷包み。中は見るまでもなく金である。
「不躾ではあるが、礼も兼ねて用意させて貰った。遠慮無く受け取って頂きたい。」
「要らない要らない。そんなもの目当てで来た訳でもないからな。」
全く惜しむ素振りすら見せないで断るタケル。だが、キジュウロウも引き下がる訳にはいかない。相手は我が子も同然の姪の恩人だ。何も報いなければ己の矜持に反する。
「いや、そうはいかん!恩人を手ぶらで返しては面目が立たん。是非受け取って頂きたい!」
「代わりにウズメの面目が潰れてもかい?」
「むっ…。」
ズズイと金を押し付けていたキジュウロウの腕が止まる。
「ここに送る為の報酬や対価については俺とウズメの間で済んでるんだ。そのうえ金を貰っちゃ二重取りになっちまう。あんたも商売人なら分かるだろ?」
「……。」
憮然とした表情で聞き入るキジュウロウ。タケルの言い分は道理であるが、感情的に納得出来ない。恩人に何もしないというのは、伯父としてウズメの家族として許せることではない。
「それにコレ、ウズメには言ってないだろ?」
タケルが風呂敷包みを指差して苦笑する。
「あんたが報酬を払ったなんて知ったら絶対ウズメが怒るぞ?『今回の事はタケル殿と拙者の問題!伯父上は手出し無用で御座る!』ってな?」
ウズメの口調を真似て見せると、キジュウロウはしかめっ面だった顔を綻ばせる。
「フ…フハハハハッ!そう言われては引っ込めるしか無いではないか!確かに可愛い姪に嫌われたくはない!」
彼は金を提げると佇まいを正し丁寧に頭を垂れる。
「ではせめて礼だけでも言わせて貰う!行方知れずの娘を送り届けて頂き忝ない!一族を代表して礼を申す!」
「フッ、どう致しまして。」
律儀な所は血筋な様だ。本当ならお礼の言葉もウズメから受け取っているのだが、キジュウロウの心情も分かる。ここが落とし所だろう。
堅苦しい話が終わると、二人は和やかな雰囲気で談笑を交わした。話題は主にこの国の文化や名物などについてだ。
「何か土産を買っていきたいんだけど、お勧めは有るかい?」
「ふむ、この街は港町であるから魚介類は言わずもがな。しかし土産となると日持ちする物が良かろう。それならば乾物等が良いかもしれん。」
「乾物か。」
魚介類は時間の経過しない亜空間倉庫に放り込んでおけば問題無いだろう。乾物はタスニアにも有ったが、ジャッポンならではの物が見つかるかもしれない。機会が有れば店を覗いてみるのも良さそうだ。
「そうだ!忘れておった!我が国は水が清く酒も上質でな。是非買っていく事をお勧めする。」
「ほうほう。」
確かにポセイドゥン!もジャッポンの事を『水清き国』と評していた。いっそ、その綺麗な水自体を持って帰るのもアリだろう。
「では、申し訳無いがそろそろわしは席を外させて頂く。今夜はウズメの帰郷を祝い、宴を開くのでな。その準備をせねばならんのだ。」
言いながら腰を浮かすキジュウロウ。落ち着かない様子なのは、きっと宴の手配が迫っているからだろう。
「ああ、悪かったな。長く引き止めちゃって。」
「いやいや!今回の件はタケル殿あればこそ!宴はタケル殿の歓迎も含まれておるのだ。楽しんで頂きたい!」
タケルは慌ただしく部屋を出て行くキジュウロウを見送った。その後ろ姿は何処か浮かれている様にも見える。
「さぁて…昼寝でもするか。」
去り際にキジュウロウからこの客間は自由に使ってくれて構わないと言われた為、宴までの時間潰しに横になる事にした。
快適ではあったが十日以上の長旅だ。多少は疲労もある。短い時間ではあるが、思いのほか良く眠れるのだった。
夕刻、宴会の席ではタケルがウズメの恩人として紹介された。タケルにもウズメの家族が紹介され、特に母のミフユなど瞳を潤ませながら何度も礼を言っていた。それは逆にタケルの方が恐縮してしまう程で、ウズメが如何に愛されているかが分かる。
宴は終始笑いが絶えなかった。ウズメの傍には常に彼女の弟妹がついて回っている。余程慕われているらしい。微笑ましい光景にタケルも頬を緩める。送り届けた甲斐があるというものだ。
存分に持て成しを受けた後、客間へ戻ったタケルの元にキジュウロウが訪ねてきた。
「宴は楽しんで貰えただろうか?なにぶん急であったため、行き届かぬ事も有ったかもしれぬがご容赦願いたい。」
「そうでもないさ。十分楽しませて貰ったよ。」
「それは重畳!」
ワハハ!と豪快に笑うキジュウロウ。少々酒が入っているらしく妙に上機嫌だ。
「で…だ。ここからは大人の時間。どうだろう。これから街へと繰り出しては?」
「街に?」
こんな時間にどこへ行くつもりなのか?タケルは不思議そうに首を傾げる。
「わしの馴染みの店があるのだ。女子は皆、美女揃い。しっぽりと楽しませてくれること受け合いだぞ?」
「むむむ!?」
要は女遊びへの誘いだった。
「タケル殿も男盛り。一人寝は味気なかろう。」
「いや…でもなぁ。」
渋るタケル。男として興味が無い訳ではないが、意気揚々と向かうのは憚られた。
「フッフッフ…良いではないか。ジャッポンの女子は肌が柔らかく抱き心地は格別であるぞ?」
「むむむむぅ!?」
グラグラと揺れる理性。畳み掛ける様にキジュウロウの誘惑が続く。
「しかも一旦床へ入れば、慎ましやかな態度は豹変…切なげな声で乱れ狂うのだ。」
「ぬぬぬっ!?」
「わしの顔が利くのでな。タケル殿の趣味に沿う者を用意させよう。若く弾けるような肌をした女子は如何か?それとも程良く熟れた年増の方が宜しいか?ふふっ、遠慮無く申し付けられよ。」
そう言ってタケルを誘うキジュウロウは今や厳格な家長ではなく、ただのスケベなオッサンだった。
タケルの理性も崩壊寸前まで追い込まれるが、ふと自分に想いを寄せてくれている二人の女性の事を思い出す。レイアとリンだ。
どちらの気持ちにも応えては居ないので、本来なら女遊びを咎められる言われはない。だが、それでも二人の事を考えると抵抗を覚えてしまうのだ。
「せっかくだけど、今日はそんな気分でもないんだ。悪いけどまた今度な。」
鋼の理性を持ち直したタケルは、何とか甘い誘惑を跳ね返す。
「ふむ、仕方有るまい。しかし、その気ならば何時でも申されよ。案内致そうぞ。」
キジュウロウが残念そうに去っていく。もしかして自分もやる気満々だったのか。
「…惜しい事したかな?」
一人客間に残されたタケルはぼそりと呟くのだった。
女郎屋とか書いても良かったかもなぁ。…惜しい事したかな?