第五十六話騒がしい道中
ウズメ祭りです。彼女の魅力をお楽しみください。水の精霊が若干ウザいですが。
「フハハハハーー!!やはりぶらざぁの用意する食事は美味であるな!」
海上に着水した飛行艇。プカプカと浮かぶその上で、タケル達は昼食を取っていた。相変わらず高笑いのポセイドゥン!は刺身に舌鼓を打ちご満悦だ。
「海の上で食べる昼食というのも、なかなか風流で御座るな。」
飛行艇の翼に腰掛けたウズメが、投げ出した脚でパシャリと水面を蹴る。冷たくて気持ちがいい。
「ほら、ウズメ。」
「ん?おお、かたじけないタケル殿。」
タケルからおにぎりを受け取るウズメ。基本的に彼女の好みは和食だ。以前行き倒れた時に振舞ってもらったのも和食で、二年振りの故郷の味に思わず涙しそうになったものだ。
「ジャッポンまではどの位かかるので御座るかポセイドゥン!殿?」
「ふむ!そうであるな!この調子ならば十日もあれば着くであろう!本来ならば数ヶ月の旅であるが、ぶらざぁのこの空飛ぶ船の速度は尋常ではない!さすがに我輩のばたふらいでも追い付けぬわ!フハハハハ!!」
「十日で御座るか…。はぁ…二年も掛けて来た拙者は一体…」
相手が規格外過ぎるタケルだ。比較すること自体が間違いなのだが、それでも納得いかないのが人情というものだろう。
「別にウズメは最初からアルベルリアを目指した訳じゃないだろ?方々で仇討ちの相手を探しながらだから比べられないさ。」
「そうで御座るな。」
気を取り直しおにぎりにかじり付く。中身は梅干しだ。
「ぶらざぁ!明日は少々嵐が来るので飛ぶのはお勧め出来ぬぞ!」
ポセイドゥン!から意外な忠告が届く。それが本当なら明日の飛行は断念しなければならない。
「なぁに!波はそれ程荒れぬ!以前乗っていた船で進めば十分に超えられよう!その嵐が過ぎれば当分は快晴である!」
「お前、そんなことまで分かるのかよ。」
「フハハハハハ!海の事で分からぬ事は無い!我輩は海の覇者ポセイドゥン!!」
「じゃあ、何で海が青いか知ってるか?」
「もちろん空が青いからである!」
ドヤ顔でサイドチェストを決めている。
「……。」
海の覇者にも分からない事はあるようだ。
昼食を終えた一行が飛行艇に乗り込もうとした時に、異変は起きた。
「出発するぞウズメ。」
「はい!…ぬあっ!」
立ち上がった瞬間、脚がもつれる。
「おっと!」
海に飛び込む寸前にタケルが腕を掴み、ウズメは落水を免れた。しかし珍しい。身軽さが売りである彼女が足を滑らせるなどそうは無い事だ。
「どうした?足でも捻ったのか?」
「い、いや…そうでは御座らん!しかし足に力が…」
抱き寄せられた格好のウズメは、タケルの胸の中でドギマギしながらも異常を訴える。
「ふむぅ!ウズメよ!脚を良く見てみるのだ!」
「脚?」
ウズメが僅かに袴の裾をたくし上げる。色白でしなやかな脚が露わになった。
「これは?」
文句の付けようも無い美脚だが、一つだけ問題がある。ふくらはぎに虫さされのような痕があり、そこだけは白い肌をピンク色に充血させていたのだ。
「どうやら痺れパイクに咬まれたようであるな!」
「何だよそりゃ。」
「ウミヘビの一種である!毒を持ち、稀に悪さをするのだが心配無用!命に関わる毒ではない!ただ咬まれた場所に、二~三日力が入らぬだけである!」
「そうか。それなら良かった。」
「ホッ…」
致死毒ではない事に安堵する。
「とにかく治療しないとな。」
タケルはウズメを座らせると、彼女の脚へと唇を寄せた。
「タ、タケル殿!?」
傷口から毒を吸い出す。治療行為なのだが、男性に脚を吸われるなど初めてだったウズメは焦りに焦る。
「んんっ…」
ふくらはぎに感じるタケルの唇。その感触に身をよじる。
「ペッ!これで良し。」
毒を吐き捨て、タケルは懐から回復薬を取り出した。
「ほらウズメ、薬だ。」
「ふ、ふぁい…」
回復薬を渡されるが、今はそれどころではなかった。裸を見られ、ついには脚までしゃぶられてしまった。自分はちゃんと嫁に行けるのだろうか?まるで貞操を奪われたような気分で意識を彷徨わせるのだった。
「ウズメ、これを嵌めておけ。」
回復薬の効果でウズメの脚に力が戻ると、一行は旅を再開した。飛行艇へと乗り込む間際、タケルはウズメに指輪を渡す。いわずと知れた守護の指輪である。
「指輪で御座るか?」
「俺の特別製の指輪だ。物理的な攻撃から魔法まで全部防いでくれる。」
「なっ!?そんな貴重なもの頂けませぬ!」
「いいから持っとけ。これからも何があるのか分からないんだからな。」
「ぬぅ…」
先ほども思わぬ醜態を晒してしまったため、足手纏いになるよりはと渋々受け取る。そんな二人をポセイドゥン!が羨ましげに見ていた。
「ぶらざぁ!我輩の分はないのであるか!?」
「お前にゃ要らんだろ。」
「しょぼーん!であーる!」
タケルとポセイドゥン!の会話の脇で、ウズメは興味深そうに指輪を見つめていた。一見するとシンプルで何の変哲も無い輪っかだ。しかしタケルの事だ。指輪には彼の言う通りの効果が秘められているのだろう。今まで散々異様なものを見せられてきたので疑うべくも無い。
「あ、もしかして刀を使うときに邪魔になるか?」
「いえ。問題御座らん。」
「気に入らないなら他にもあるんだぞ?腕輪とか首飾りとか。そっちにするか?」
「首飾りっ!?」
ピンっとウズメの狐耳が張り詰める。タケルは知らないが、ウズメの故郷では男女が愛を誓う際に首飾りを贈る風習が有るのだ。
「くくくくく首飾りは結構に御座る!拙者は指輪で十分!どうかお気になさらず!」
「そうか?まあ、必要になったら言ってくれ。」
ウズメの態度に首を傾げながらも、タケルは飛行艇へと乗り込んだのだった。
腰に刀を差した若い男女と、一匹のムキムキ精霊がジャッポンに着いたのは、予測通り十日後だった。大陸を渡るのに掛かった日数としては、通常では有り得ない程速い。間違い無くこの世界で最速だろう。
彼らは先ず、沖で船へと乗り換えた。そのまま飛行艇で着陸などすれば大騒ぎになってしまうからだ。
「いよいよで御座るな。」
甲板に立つウズメが顔を強張らせる。
「故郷に帰るだけなんだ。そんなに緊張しないで良いんだぞ。」
陸地を見据えるウズメの表情には、帰ってきた喜びよりも不安や警戒の色の方が濃い。
「ですが二年振りで御座るので…」
「大丈夫さ。もっと気楽に久しぶりの故郷を楽しめば良いのさ。な?」
「はい。」
投げかけられた笑みに、少しだけ緊張がほぐれた気のするウズメだった。
「そうだ!先にやっとく事があったな。」
「うん?如何なされた?」
「変装だよ。ウズメは正体がバレると拙いんだろ?」
「はい…暫く離れていたので詳しい情勢は分かりませぬが、噂では帝が交代し国政は大分様変わりしたとか。恐らく拙者も素性が知れれば何かしらの咎めを受けるかも知れませぬ。」
「それならやっぱり変装は必要だな。」
手を翳し、タケルはウズメの容姿を変化させる。
「我が魔力によりかの者の姿を変えろ!ルックス・チェンジ!」
そして懐から手鏡を取り出す。
「ほい。こんなもんでどう?」
「こ、これは…」
タケルから受け取った鏡に映っていたのは、自分とは異なる女性の顔であった。髪も銀色から黒に変わっていて、一番の特徴である狐耳すらも無くなっている。例え知り合いでも彼女がウズメとは気付けないだろう。
「後は名前だな。」
場合によっては名を名乗る必要も出てくるかも知れない。偽名は事前に考えておくべきだろう。
「名前で御座るか…ふむ…」
「フハハハハ!簡単である!ぶらざぁと同じカミジョウにすれば良いではないか!更に夫婦という事にすれば全く違和感はないのである!」
体に巻いていた縄を解きながらポセイドゥン!が助言する。だが、最近何かとタケルを意識するような事態に遭遇しているウズメは、露骨に反応してしまう。
「ふ、夫婦!?」
「ああ、確かにそれなら同行している言い訳も立つか。」
まるでウズメは本当にタケルと伴侶にでも成るかのように取り乱す。対してタケルは単に偽の肩書きに丁度良いという認識でしかない。この辺りの鈍さがレイアやリンという、彼を思慕する女性を悩ませてきた要因の一つだろう。
「姓は良いとして問題は名だな。何かあるかウズメ?偽名だし何でも良いぞ。」
「ふ、夫婦は決定なので御座るか?」
「ん?ああ、悪い。嫁入り前の娘に夫婦は拙いか。何なら妹って事にするか?」
例え嘘でも夫婦は気を害したかと修正を加える。
「い、いや!問題御座らん!他者の目を欺くには肩書きは必要で御座るからな!それで参りましょう!」
ここであからさまに拒否するのは、自分がタケルを意識している事を晒すようなものだ。それに断る事で自分がタケルを嫌っていると誤解されるのも困る。ウズメは眩暈を催す程ブンブンと頭を振った。
「そうか?じゃあ肩書きは良いとして名を決めてくれ。」
「名は…うーん…タケル殿が決めて下さいませぬか?」
「俺か?」
「はい…恥ずかしながら拙者、その手の才は皆無で御座るので。変な名でタケル殿の足を引っ張りかねませぬ。」
昔、ウズメは弟の名を決める時に意見を求められ、珍妙な名を候補に挙げてしまい家族全員から総ツッコミを浴びた事がある。それはある種のトラウマで、以来彼女は物であれ人であれ何かに命名するというのを苦手としているのだった。
「んじゃ、銀子で。」
「ギンコ!?」
銀狐→ぎんこ→銀子
あまりにそのまんまな名前である。
センスの無い自分に代わって名付けて貰うつもりが、委ねた相手の方が壊滅的という事態に陥ってしまった。
「ぶらざぁ!もう少し捻らねばバレてしまうぞ!僭越ながらここは我輩が決めてやろう!『ポッセイドン!』がべたぁである!」
「捻るってお前のじゃねぇか!」
あーだこーだと碌でもない候補ばかり上がるため、ウズメはやはり自分が決めるべきだと思い直す。偽名とはいえ、幾度かはその名で呼ばれるのだ。まかり間違っても『ポッセイドン!』だけは御免である。
「タ、タマモで!拙者、これよりタマモと名乗ります!」
「「えー!」」
両者の意見を強引に捻じ伏せ偽名を決定する。元々自分に決定権があったのだ。二人に気がねする必要もない。というか、このまま流れに身を任せていると、珍妙を通り越し奇怪な名を与えられかねない。
「チッ…銀子でも良いだろうに。」
「我輩のポセイドドンパ!が最上である!」
「お前、言う度に変わってないか?」
「ご勘弁下され…」
今後この二人に名を付けさせるのは止そう。そう誓うタマモことウズメだった。
狐といえば九尾。九尾といえば玉藻前。安直?いいの。出したかったんだから。