第五十四話帰りたい
終わりましたねーオリンピック。あんま興味無いんですがネ(笑)
投稿中、近所の夏祭りで花火の音が聞こえてきます。あー!カキ氷食いてぇーー!!
深夜、なかなか寝付けずにいたウズメは、気分を変えようとバルコニーへと出ていた。
「ハァ…」
見上げた空はどんよりと曇り、月の光を遮っている。昼間は快晴であったというのに。まるで自分の心情を映しているようだ。
気落ちしている理由は分かっている。キデア一家のせいだ。彼らが悪い訳ではない。ただ、仲の良い家族の姿を見ると、自身の家族を思い出してしまい、酷く心を掻き乱されるのだ。
これまでは仕事に没頭する事で忘れようと努めていたが、今回はそれすらもままならない。
「母上…」
空に向かって呟き、後悔する。猛烈な寂しさと故郷への渇望に襲われ、自分を見失いそうだった。
「う…くぅ…ひぐ…」
視界がぼやけ始め雫が頬を流れる。嗚咽で肩を震わすその姿は、流浪の剣客でも忠義に厚い武士でもない。ただ故郷に帰りたいと願う一人の少女だった。
「うく…ぇく…」
誰も見ていない今だけは泣こう。そうすれば気も晴れ、また明日からやっていける筈だ。この遠い異国の地でも。願望にも似た考えを自分に言い聞かせ、ウズメははらはらと涙を流す。
「帰りたいか?」
「……っく!?」
不意に背後から声を掛けられたウズメは体を硬直させた。やや間を置き、ゆっくり振り返るとそこに居たのはタケル。
「部屋での事を謝りに来たんだけど…」
ばつが悪そうにポリポリと頬を掻きながら歩み寄る。
「あ、あの事ならお気になさらず。」
濡れた頬を袖で拭い、ウズメは慌てて取り繕う。泣いていたのはバレているだろうが、そうせずには居られなかった。
「そうかい。でも一応謝っておく。悪かったな。」
「いえ…」
俯いたまま答えるウズメ。泣き腫らした目が隠せるため、今だけは暗い夜空がありがたかった。
「それで?帰りたかったんだろ?故郷に。」
「拙者は…故郷を捨てた身で御座る。今更帰ろうとは思いませぬ。」
キッパリと言い切ったつもりでいた。だが間髪入れず問い質される。
「家族も捨てたか?」
「…っ!!」
捨てられる筈もない。出奔の際に自分を見送ってくれた母や弟妹達の顔が、今でも目に焼き付いている。
「拙者が国に戻れば、家族に迷惑が掛かります。」
「いや、事情とかそういうのは別にして、ウズメ自身の気持ちを聞いてるんだ。」
「拙者は…」
唇を噛み締め、吐き出したい気持ちを押し殺すウズメ。タケルは俯き押し黙ったままの彼女に嘆息する。
涙を流しながら母親の事を呼んでいた時点で、ウズメが家族に会いたいのは分かりきっている。それでも国を追われた自分が帰れば、家族に害が及ぶのだと我慢しているのだ。タケルはいじらしくも優しいウズメの決意に口元を綻ばせた。
「フッ…ウズメ。」
「何でしょう?」
「俺には家族が居ないんだ。それも生まれた時からな。」
「…え?」
「孤児って事になるのかは分からないだが、まあ、とにかく居なかった。そして物心付いた頃には、唯一気を許せる親友も失った。」
「……。」
初めて聞くタケルの過去。独白のように淡々と語る彼の話を、ウズメは静かに聞き入った。
「そんな全てを無くした事のある俺からの助言だ。大切なものを諦めるな。得られる可能性がある間に二の足踏んで、本当に失ったら必ず後悔する。」
「し、しかし…」
「二年も会ってないんだろう?どうする?もしも今、この瞬間にも家族に危機が迫っていたら。お前が居れば救えたかもしれないのに。後悔しないか?」
「はっ!?」
思い当たる節がウズメにはあった。今の故郷は政権を持つ者が変わり、旧政権側に遣えていた自分の一族はきっと末端へと追いやられているだろう。一族郎党処刑とまではいかないかもしれないが、難儀している事は間違いない。
不安と焦りが押し寄せてきた。同時に手を出せない己への歯がゆさも。
「タケル殿…拙者はどうすれば良いのでしょう?」
自分が戻れば混乱波乱を招く。だが、してやれる事もあるかもしれない。
相反する二つの可能性に葛藤するウズメ。
「会いに行けば?」
「ぬう、そんなあっさりと…」
事もなにげに言い放たれる。即答であったため、考え無しに答えられた印象を受けたがそうではない。
「馬鹿だな。簡単な話だろう?戻る事で問題が起きるから行かない選択と、戻る事で出来る事があるから行く選択。結局はこの二つな訳だ。」
「そう…ですな。」
「だったら、後はウズメがどうしたいかだろうが。泣く程家族に会いたいと思ってるんだから、もう答えは決まってるんじゃないか?」
「うぬ…」
気恥ずかしさからウズメが頬を赤らめる。やはり見られていたらしい。
「それにな。心配事を忘れる為に、無理に仕事をしてると直ぐに体を壊すぞ。そんなのは頑張ってはいない。仕事に逃げてるだけだ。」
「…もしやタケル殿が拙者をここへ連れて来たのはそのためで御座るか?」
「バイクの遠乗りは楽しかっただろ?」
肯定するかのようにタケルは片目を瞑り、微笑を浮かべた。
「敵いませぬな…。」
道理で必要も無いのに護衛など頼む筈だ。依頼など建て前で、本当は働き過ぎの自分を休ませる為だったのだと知る。
「それで、どうなんだ?故郷に帰りたいのか?帰りたくないのか?」
「拙者は…」
ウズメは吐露する。ずっと目を背けていた願いを。実直で生真面目な性格が邪魔をし、それは弱音だと断じていた己の本心を。
「帰りたい…。母や弟妹達に…会いたい…」
いつもの精悍で張りのある声ではなく、絞り出すような頼りない声。涙に震えたその声こそ、アマノ・ウズメという一人の少女が、何ものにも左右されず晒した心の内だった。
「良し、それじゃ行くか。」
如何にも軽い口調のタケル。まるで旅行先を決めた程度のノリである。
「え?」
「え?って何だよ。」
「行くのは拙者なのですが。」
「バカタレ。行くって言っても旅費はどうするんだ?冒険者になってまだ日も浅いし貯えも無いだろう?」
「あう…」
そうだった。行くとは決めたものの、先立つものが無い。感情が高ぶっていたせいで、具体的な方法にまで気が回らなかったのだ。
「だから俺が連れて行ってやる。今更迷惑を掛けられないとか言うなよ?旅費を貯めるなら出発まで4~5年は掛かるんだ。そんなに待つ訳にいかないだろ?」
「し、しかし…」
タケルには恩を受けっぱなしである。素直に甘えるのはどうしても抵抗があった。ましてや行おうとしているのは、大陸を渡る大旅行だ。ギルドの仕事に付き合って貰うのとは規模が違う。気軽に頼めるような話ではないのだ。
「遠慮する必要はないぞ。報酬なら貰ったしな。」
「報酬…?」
「フフッ、良いおっぱいだったぞ。」
ボンッ!と、ウズメの顔に血が上る。頭から湯気が出る思いだった。話のどさくさに許してしまっていたが、自分の乙女の象徴は、目の前の男性にハッキリと見られていたのだ。
「ななななな何を言われるのですかぁ!?」
「はははっ!」
動揺を見せるウズメの反応が、タケルには新鮮だった。こうやって弄ろうにも、リンでは恥じらうどころか躊躇なく服を脱ぎだすだろう。今ではレイアでさえも怪しいくらいだ。
「明日、家に戻ったら出発の準備をするからな。早く休めよ。」
タケルは手を振りながら「お休み」と言い残しバルコニーを去っていく。
「タケル殿!」
「うん?」
去り際に振り返ったタケルに、ウズメは深々と頭を垂れる。
「その…ありがとう御座います!」
「…じゃあ、俺もありがとうかな。綺麗なおっぱいだったぜ。」
「はうっ!」
「クスクス…」
忍び笑いと共にタケルは寝室へと帰って行った。彼の背中を見送ったウズメは再度夜の空を見上げる。
「…不思議な御仁で御座るな。」
いつの間にか雲に隠れていた月が姿を現していた。柔らかく優しい光が辺りに降り注ぐ。やはり今夜の空は自分の心を映し出していたようだ。
難産でしたぁ。今回の話…やっぱシリアスはむぢゅかちい!
特に前話で出した複線の回収を盛り込むのが大変で大変で…。
一応、これで全部回収出来たかな?
取りこぼしが無いかドキドキしながら、投稿ボタンをポチっとな。