第五十三話治療と家族
感想&活動報告により更新を!との後押しもあり新話投稿に至りました。
やはり読者のコメントは作者のモチベを喚起しますね。
「こんな朝早くから仕事かウズメ?」
早朝、ギルドへ向かおうと支度を整えているウズメにタケルが声を掛ける。
「はっ。いつまでもタケル殿にお世話になる訳には行きませぬので。」
「ふーん…」
忙しく準備するウズメを眺めるタケル。近頃ずっとこの調子だ。帰宅は夜遅く、出立は朝早い。一心不乱に仕事に打ち込んでいた。働き者と言えなくもないが、少々オーバーワーク気味だ。
「ちょいと待った。ウズメ、今日は俺に付いて来てくれ。」
「は?しかし拙者には仕事が…」
「じゃあ、俺からの依頼だ。護衛してくれ。」
「プッ!師匠に護衛って。怪獣とでも戦うんですか?」
横で話を聞いていたユウが吹き出す。タケルは失礼な弟子を軽く小突いてからウズメを引きずっていく。
「ふおっ!?タケル殿ぉ!そんな強引な!」
「タケル、忘れ物よ。」
「おっと。」
リンから投げ渡されたのは巾着袋。中身は昼食の弁当だ。
「愛妻弁当よ。死ぬ程嬉しいでしょ?」
「妻じゃないけどな。」
「チッ。」
舌打ちするリンに見送られながら、タケルとウズメは出掛けるのだった。
街の外へ出たタケルは、不満顔のウズメをよそに準備を始める。行き先はロンドレク・キデアの屋敷。先日、孫の治療の為にタケルを招く用意が整ったと文が届いたのだ。
「今回はアレにするか。」
キィイイイイイイン!
タケルが手をかざした場所に大型の二輪バイクが現れた。ヤマハXJR1300。通称ペケJである。
「よっし!後ろに乗りなウズメ。」
「ぬおっ!め、面妖な!何で御座るかこれはぁ!?」
突如として現れた鉄の物体に驚くウズメ。恐らく刀を出した時と同じ現象なのだろうと察するも、彼女にはこれが何なのか見当も付かない。
「んー、詳しい原理は省くが乗り物だ。そうだな…鉄の馬だとでも思え。」
「鉄の馬…で、御座るか。……か、噛みませぬか?」
「ニヤリ…」
ウズメがタケルに習い、恐る恐るバイクに跨がろうとした瞬間…
ギャギャギャ!ブルウウウウウーン!
「フニャらアアアー!?」
タケルがセルを回しエンジンが始動する。けたたましいエンジン音に仰天したウズメは脱兎の如く(狐だが)逃げ出した。
「くっ…くくっ…あははははっ!!」
「も、物の怪で御座る!」
木の後ろへと身を隠すウズメ。狐耳が逆立ち涙目だった。
「はっはっはぁ!信号も法規も無いから飛ばし放題だ!」
「タ、タケル殿ー!もう少しゆっくり…」
バイクに跨がった二人は平原を快調に疾走していた。空も快晴でまるでツーリング気分である。ただウズメの方は二人乗りとはいえ、初めて乗るバイクに悪戦苦闘。振り落とされないよう、タケルの背中にしがみ付いていた。
「おふっ!」
「ん?何か申されましたか?」
「いや…何でも。」
不意に背中に感じる柔らかで非常に心地良い感触。ウズメが上半身を密着させているため、彼女のたわわなおっぱいが背中に押し付けられているのだ。
ムニュッ…
「え、えくせれんと…」
「…?やはり何か申されましたか?」
「申してません。全然。まったく。ただちょっと丘の起伏が気になっただけ。」
「うん?丘なぞ有りませぬぞ?」
いや、確かにある。少なくとも二つ。柔らかく且つ張りのある丘が。タケルの背中とウズメの上半身に挟まれムニュムニュと潰れては元に戻る。
「着痩せするタイプだな…」
何とも嬉しい誤算である。
昼になるとバイクを止め昼食の準備を始める。木陰にブルーシートを敷き、リンが用意してくれた弁当を広げる。ほとんどピクニックだ。他にも飲み物や追加の食料などを亜空間倉庫から取り出し、旅先とは思えない豪華な昼食となった。
「いつもながらリン殿の料理は格別で御座るな。」
リンの手作り弁当を摘み、感嘆の溜息を漏らす二人。広げた食料の中でも明らかに消費が早い。
「隙を見せると四川料理になるのが玉にキズだけどな。」
ちなみに彼女の得意料理は麻婆だ。さすがに弁当には向かないので今回は入っていない。
「しかし何故タケル殿は彼女を伴侶に成さらぬので?」
「へ?」
「あ、いや…あそこまで愛情を示され、尚且つ共に暮らして居られるのに恋仲でないのが不思議だったもので。」
立ち入った事を聞いてしまったと反省するウズメ。だが日頃の言動からリンがタケルにぞっこんなのは明白だ。しかも見た目は極上の美女。その肉体には寸分の隙もない。しなでかかり甘い言葉の一つも囁けば、大抵の男はイチコロだろう。
ウズメは要らぬ詮索でタケルを怒らせていないかと、彼の顔色を窺う。
「ふーん、ウズメでもそういう事に興味があるのか。」
予想に反しタケルの表情に怒気や不快の類は感じられなかった。有ったのはニヤニヤしながら楽しそうに此方を眺める悪童のような顔。ここ数日で何度か見た事がある。彼が相手をからかう時にのみ浮かべる笑みだ。
「や!拙者は単純に疑問を口にしただけに御座る!他意は御座らん!」
誤解を解こうとパタパタと手を振る。が、少々遅かったようだ。
「ふふっ、良いじゃないか。ウズメも年頃なんだ。色恋沙汰に興味が有るのは当然だと思うぞ。」
「ぬ、ぬう…」
自身を無骨者と評価するウズメも、別に女を捨てた訳ではない。幼い頃は道場に通う兄弟子らに恋心を抱いた時期もあった。仇討ちの旅に出てからは、単にその手の話に縁が無かっただけである。
「まあ、リンは良い女だよ。問題なのは俺の方だな。」
「ふ、ふむ…?」
話が本筋に戻ったため、先を促すようにウズメは頷いた。
「生きてきた環境がちょっと特殊でな。未だに恋愛感情ってのが理解出来ていないんだよ。だからリンには現状維持でいて貰ってる。」
「情けないだろ?」と、自嘲気味に笑うタケル。しかしウズメはむしろ感心した。世にはもっと不誠実で安易な男も多い。そんな中でタケルの誠実さは目を見張るものがある。だが、恋愛感情を抱く事さえも許されない環境とは一体どういうものなのだろうか?きっとタケルには自分が想像も付かないほど壮絶な過去があるのかもしれない。
二人がキデア家に到着したのは翌日の昼頃だった。本来なら馬車で四日は掛かる旅路であるため、意表を突いた訪問にロンドレクは面食らっていた。タケルは挨拶を済ませると早速治療を開始する。
「ふぅん…成る程ね。」
タケルが診察しているロンドレクの孫の腕は、五歳という年齢とは思えないくらいに小さく頼りないものだった。まるで赤ん坊のようだ。恐らく腕だけが成長を止めてしまっているのだろう。
「どう…だろうか?」
心配そうに見守るロンドレクとその息子夫婦。
「治るさ。約束通り人払いを頼む。」
タケルがこの場に残るのを許したのは、ロンドレクとウズメの二人だけだった。秘密を知る人間は少ない方が漏洩を防げるからだ。
「お願いします!どうか私も付き添わせて下さい!」
治療を始めようとするタケルに対し、少年の母親が同席を申し込んできた。突発的な事だったらしく、ロンドレクも狼狽していた。
「これ!下がれミシア!治療は任せると約束したではないか!」
「で、でも…」
「秘密が守れるなら居てもいいぞ?」
助け舟は意外にもタケル本人から発せられた。元々こうなる事は予想済みだ。ロンドレクにも秘密を徹底させる事を条件に、両親の同席を許可する。
「んじゃ、ちゃっちゃとやりますか。我が魔力により、少年を在るべき姿に帰せ!リジェネレート!」
タケルが手を翳すと少年の腕が光を帯び始める。その輝きは段々と強くなり、腕を覆い尽くすまでになった。
「はい、終わり。」
光が集約するとそこには五歳児の腕が有った。年相応で見た目にも違和感は無い。痛みも感じなかったようで、治療を受けた当人はケロリとしている。
「治ったぞ。変なところは無いか坊主?」
「無いよー!ありがとうお兄さん!」
無垢な瞳でこちらを見上げる少年。タケルは彼の頭を一撫ですると、治した手にゴムボールを握らせた。
「治したばかりでまだ筋肉が弱いからな。これをニギニギして鍛えるんだぞ。」
「うん!」
「さあ、治った腕を母ちゃんに見て貰え。」
トテトテと母親の元に駆け出す少年。目の前で息子の健常な腕を見た母親は、彼を抱き締め咽び泣いた。
「ありがとうタケル殿。心から…礼を言わせて頂く。」
ロンドレクはタケルの手を取り礼を述べる。その目は僅かに潤んでおり、切れ者の男爵は孫を思う祖父の顔を垣間見せていた。
「礼はもういいから、可愛い孫の腕をみてやりなよ。」
「ああ…済まない。」
最後にしっかりとタケルの手を握り締め、喜び合う家族の輪に加わるロンドレク。
「…良かったで御座るな。」
不意を突くようにしてボソリと呟く声がした。
「ん?」
「……。」
タケルは気付くのだった。
幸せそうなキデア一家を通して、ウズメが家族に思いを馳せている事に。
治療後、キデア家では宴会が催された。主役は腕の治った跡取り息子とそれを治したタケルである。豪華な食事や上等な酒が惜しげもなく振舞われた。タケルは祝いが終わると帰るつもりでいたが、恩人をとんぼ返りで帰す訳にはいかないとロンドレクに引き止められてしまった。実際は転移で直ぐにでも帰れるのだが、それは秘密にしておきたい。今晩は大人しく世話になる事にした。
「あー。食い過ぎた!」
晩餐で満腹になった腹を抱え、タケルは用意された部屋へと向かう。
「え?」
扉を開けた直後、腹の苦しさは吹き飛んでしまった。なんと部屋の中には上半身を晒した銀髪の美女が居たのだ。女性の肌は透けるように白く、肩を流れる鎖骨は滑らかな曲線を描いていた。だが、視界の中で最も強い存在感をもたらしているのは、並んだ二つのお椀だった。中央には桜色の突起が慎ましく添えられており、これがまたタケルの視線を捉えて離さない。
「あ、あぅ…わ…ぅ…」
口を開閉させながらタケルの顔を見つめる女性。彼女は視線が自らの胸部にあると知るなり悲鳴を上げた。
「ふニャらああーーーーっ!!」
後に確認したところタケルに非は無く、使用人が二人を夫婦と誤解していた事が原因と判明するのだった。
最後はこうでないとww