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第五十一話郷愁

エアコンが壊れててPCを起動させるのも億劫です。

夜、孤児院の一室では若い男女が言葉を交わしていた。向かい合っている二人は今日会ったばかり。関係はさほど深くはない。だが男は家主であり見目美しい女はそこへの宿泊が決まっていた。


形だけ述べれば邪推したくなるような状況ではあるが、何も色っぽい話ではない。単に刀を巡って押し問答を繰り返しているだけだ。


「持ってて構わないって。」


「いや!お返し致す!」


「どうしても?」


「どうあってもで御座る。これ以上タケル殿に甘えては亡き父に師に顔向け出来ませぬ。」


「うーん…」


タケルとしては試合で渡した時点で刀はウズメにあげたつもりでいた。元手はまったく掛かってはいない為、懐も一切痛まない。ならば必要としているウズメに使って貰った方が有意義だと考えていたのだ。


片やウズメはこれほどの名刀をただで貰う訳にはいかないと、頑なに受け取りを拒んでいる。

決して不要な訳ではない。むしろこの刀は自分が無くしたものより格段に上質である。これを使えばギルドでの仕事もはかどる事だろう。


だが刀を失ったのは己の失態だ。


貰えるからと言ってこれ幸いにと飛び付く事は出来ない。只でさえ一宿一飯の恩があるのだ。彼女は面の皮の厚い恥知らずな政治家…いや、政治屋とは違うのだ。公約くらい守りやがれコノヤロー。


「こいつは俺が魔法で作ったからただ同然なんだ。遠慮は要らないんだぞ?」


「だとしても…です。金額云々は別問題に御座る。要は拙者がその刀に感じる価値を払えない以上、受け取る訳にはいかぬのです。」


「成る程ねぇ。」


ウズメの素直で実直な性格は美点かもしれない。だが裏を返せば頑固で生真面目という事だ。考えてみればそんな彼女が無料で刀を貰うような真似は出来なくて当然かもしれない。


ならばウズメ自身が納得いく理由を付けてやればどうだろう。


「だったら後払いにしないか?」


「後払い…で御座るか?」


「正確には積み立てだな。ウズメはその刀を使って働き、収入から少しずつ代金を払うんだ。んで、全額払い終えたら晴れて刀はウズメのもの。これなら対価は払えるんじゃないか?」


「ふむぅ…」


タケルの提案に暫し考え込むウズメ。刀を見つめながら時折狐耳がピクピクと左右に揺れる。


「確かにそれならば支払いは可能で御座る…。いや、しかし拙者には後払いにして頂くだけの理由が御座らん…」


「もちろん後払いにするには一つだけ条件が有るぞ。」


本来は後払いという形式を取るなら金額を割り増しするのが常識である。しかしタケルは敢えて金とは別のもので対価を求めた。それは彼にとって魅力的且つ金には替えられない価値のあるものであり、逆にウズメとしては少々反応に困るような条件であった。





夜の十時を回った頃、レイアとリンがタケルの部屋へと訪れていた。就寝前に一目想い人の顔を見ておこうという訳だ。


そして二人とも内心あわよくば…という下心も無くはない。


「…んっ!…タ、タケル…殿…そこはっ…はぅん…」


「へぇ…こうなってるのか。」


「んんっ!あっ!…もっとゆっくり…」


「むっ!?」


ノックの為に掲げたレイアの手がピタリと止まる。この声には心当たりがある。風呂場で遭遇したウズメのものだ。


「どうしたのレイア?」


「シッ!」


訝しむリンを制止し、レイアはそっと聞き耳を立てる。


「んんっ…あまり強くは…お許しを…」


「ああ。悪い。でも案外柔らかいんだな。」


ウズメの切なげな声にタケルの労るような優しい声。ドアの向こうで一体何が繰り広げられているのだろうか。状況を想像したレイアは緊張の為か額に汗が滲む。


「まさか…いや、あり得ん話ではないか…」


風呂で見たウズメは非常に美しい女性である。自分やリンとも違う魅力の持ち主。その上、大変遺憾ではあるが母性の象徴たる場所も自身より豊かだ。さすがにリンには劣るものの、お湯の中でプカプカと浮かぶ様をこの目で確認している。


タケルも男だ。もしもウズメが彼の好みに当てはまっているようなら、そうなっていてもおかしくはないだろう。


「どうしたのよレイア。」


右手を上げたまま硬直している友人にリンは首を傾げる。


「ぁんっ!タケル殿…そこを摘んでは…ク、クリクリとぉ…!」


ウズメの艶声を聞いた次の瞬間、リンはノックも無しにドアを開ける。


バンッ!!


「ちょっと!するなら私も混ぜてよね!」


実に狂人の異名を冠する彼女らしい行動である。しかし残念ながらその先に二人が思い描いたような光景は無かった。


「何だリン。お前も触ってみたかったのか?」


部屋ではタケルが楽しそうにウズメの狐耳を撫で回していた。






「うわぁ…フカフカのツヤツヤね。」


「だろ?これは幾ら撫でても飽きないぜ。」


「うむ…。良い毛並みをしている。心地良い感触だ。」


部屋ではタケルにリンとレイアを加えた三人がウズメを取り囲み、彼女の狐耳を堪能していた。


『耳を触らせてくれ』


これがタケルの提示した刀を後払いで売る条件だったのだ。


「あの…まだ続けるので御座るか?」


中央で耳を弄られているウズメ。彼女は恥ずかしげに頬を赤らめていた。


「もう少しだけ。」


「ひゃっ!」


タケルの指が耳の付け根を摘むと、ウズメはプルプルと身を震わせる。犬や猫にも言える事だが耳の付け根は快感が走るらしい。


「駄目よタケル。敏感な場所なんだから。もっと優しく触らないと。」


「はうぅ…ですがリン殿の触り方は…少々いやらし…んぁっ!」


「クスクス…」


リンの細い指先が耳の内側をツーーっとなぞり背筋にゾクリと刺激が走る。分かっていてやっている分だけ、リンの方がタチが悪かった。


一時間後、三人が満足するまで愛でられ尽くしたウズメは、ぐったりと床に這いつくばるのだった。







「タケルさん!良かった…お願いします助けて下さいぃ!」


ウズメの登録に付き合ってギルドへと訪れたタケルに、受付嬢であるルイーズが泣き付いてきた。文字通り半分涙目である。彼女の側には身なりの良い中年の男性が居て、怪しいものでも見るかのようにタケルを睨みつけていた。


「どうしたんだルイーズ?」


「それが…」


ルイーズの話では原因はタケルが不定期に売っている回復薬にあるのだそうだ。ギルドには稀に重傷を負った冒険者が担ぎ込まれるので、ルイーズが治療にその回復薬を使用していた。最近ではギルドに絶大な効果のある回復薬があると、冒険者のみならず一般人の間でももっぱらの噂らしい。


そんな噂を聞きつけた男が、ルイーズに回復薬を売って欲しい。もしくは作り手を教えてくれと詰め寄っていたのだった。


「でも薬の事は秘密の約束ですからね。言ってません。」


「そうか。偉いぞルイーズ。」


「えへへ。」


ポンポンと受付嬢の頭を撫でて労うタケル。彼は後を請け負い男の前へと進み出た。


「回復薬の製作者は俺だが何か用か?」


「ほう…若いな。しかも冒険者とは思わなかったぞ。私の主人が噂の回復薬に興味をお持ちなのだ。悪いが一緒に来て貰いたい。」


タケルの後方に立つウズメにチラリと視線を移した後、居丈高に答える男。


「今日は忙しいんでな。またにしてくれ。あと話がしたいなら、本人が直接来いと言っとけ。」


「…私の主人は国より男爵の地位を拝命しているキデア様だぞ。」


「俺はタケル様だ。文句有るか?」


タケルの応答に男が表情を歪ませる。主人の地位を伝えれば態度を変えると踏んでいたのだ。だが生憎と相手は国王の前でもこの調子の人物だ。それどころか王を簀巻きにした事さえある。


「我が主人の誘いを断るとは。後悔するぞ。」


ここで脅し気味に声を落とすが、タケルは飄々とそれを受け流した。


「航海ならタスニアまで結構したからなぁ。当分は要らないよ。」


「そっちの航海ではない!」


タケルの惚けた態度に焦れた男が声を張り上げた。あまり沸点は高くないようだ。


「ふんっ!やはり獣を連れた野蛮な冒険者と交渉など無意味だったようだ!」


ウズメを一瞥しながら暴言を吐き捨てる男。稀にだがこうやって獣人を蔑む考えを持つ人間が居る。彼はその傾向に属した人間だった。


男は捨て台詞のつもりでいた。そしてそのままギルドを出て行く……事は出来ない。


「ガッハァ!?」


この場の誰もが気付けない程、素早く伸びた手が男の喉を鷲掴みにしていた。


「お前…今、俺の友人を侮辱したな?」


タケルは男の喉を持ったまま、その身体を釣り上げる。


「ぐぁ…がふっ!」


男が宙でもがく。ジタバタと浮いた足を振り上げタケルの腕から逃れようと。しかし決して外れる事はない。自分の喉を掴む手はまるで大型のオーガのように力が漲っていた。


「うへぇ…あの人、師匠を怒らせるなんて命知らずな事するなぁ。」


ユウ自身、タケルが怒るところを見るのは初めてだ。基本的に自分の師は極めて温厚で優しい。だが組み手や手本などでそのポテンシャルは嫌という程知らされている。そんな師匠が自重を止め力を解放すればどうなるか。想像に難くない。





「タケル殿!もうその位で!拙者は気にしてはおりませんので!」


このままでは男の首を握り潰してしまいかねない。ウズメが慌ててタケルを制止する。確かに男の口振りは不快ではあったが、さすがに自分が原因での人死には避けたい。


ウズメの頼みを受けて、タケルは男が喋れる程度に握力を緩めた。


「良かったな。ウズメが許してくれるとさ。だが今の暴言は取り消して貰うぞ。それと謝罪もだ。」


釣り上げられた男は口から泡を噴きつつもコクコクと頷く。喋れる筈だがそこまでの余裕は無いらしい。 タケルが手を離すと男は床へ倒れ込んだ。手荒な降ろし方だが別に優しく扱ってやる謂われもない。


「ゲホッ!何という乱暴な!こんな事をしてタダで済むと思うな!」


「あれ?俺は謝罪しろって言ったんだがな。その様子じゃまだ俺の腕にぶら下がりたいみたいだな?」


咳き込みながら悪態を付く男の前で、タケルが手をワキワキニギニギと蠢かせた。


「ヒィッ!と、取り消す!」


「俺に言ってどうすんだよ。ウズメに言え。」


「も、申し訳ない!」


「う、うむ。」


ウズメが若干顔を引きつらせながら謝罪に応じる。彼女の返答があるやいなや、男は転がるようにしてギルドを出て行った。


「ったく…最近の中年は横柄でいかんな。」


「でも大丈夫でしょうか。あの人貴族の使用人らしいですけど…」


心配そうに男の出て行った扉を見つめるルイーズだったが、タケルは軽い調子でパタパタと手を振る。


「平気平気。それよりウズメ、早く登録を済ませようぜ。」


「は、はい!」


ウズメのギルド登録後、タケル、ユウ、ウズメの三人はそのまま依頼を請け負った。近場に出没するという害獣の駆除だ。


ちなみにレイアとリンは医療技術提供の件で不在である。




「あの…タケル殿、今朝はありがとう御座いました。」


夕刻、仕事を終えた帰り道でウズメが唐突に話を切り出した。


「わざわざ拙者の為に怒って頂いたというのに、お礼が遅れてしまい申し訳御座らん。」


本来ならばもっと前に言うべきだったのだが、騒動に面食らったため機会を逃していたのだった。


「気にするなよ。俺もあの態度が気に入らなかったんだ。」


「しかし…その、タケル殿は何故拙者をここまで厚遇して下さるので御座るか?」


予てより疑問だった。食事程度ならばただの厚意で済むだろうが、ウズメの受けた恩はそんな事に留まらない。宿の提供に武器の譲渡。更にはギルドでの登録の際の男とのやり取り。まだ知り合って二日も経っていない自分の為に、何故ここまで手厚い対応をしてくれるのだろうか。


「そうだなぁ。ウズメに惚れたからかな?」


「な!何を突然申されるかっ!?」


思っても見ない答えに狼狽するウズメ。剣術一筋で生きていた彼女は色恋沙汰に慣れておらず、タケルの軽口を受け流す程の余裕は無いようだ。。狐耳がピン!と立ち上がり緊張を示している。


期待通りの反応が見れて忍び笑いするタケル。彼の態度で漸くからかわれたと察したウズメが、拗ねたような口調で話を促す。


「ゴホン…話をはぐらかさないで下され。」


「クク…悪かったよ。単に似ているからさ。」


「似ている?」


「境遇がな。俺も仇討ちっていうか、復讐みたいな事をしていた時期があったんだ。親友のな。」


遠い目をして語るタケルに、ウズメは初めて彼という人間の背景に触れたような気がした。


「タケル殿…。」


「ま、そういう訳で、ウズメに共感を持ったって事さ。お互い面倒なしがらみから解放されたんだ。これからは第二の人生、もっと楽しもうじゃないか。」


「そう…ですな。」


やっと疑問が氷解した瞬間だった。同時にタケルの事情を知ったウズメにも共感が生まれる。目の前の青年は自分と似た人生を送ってきたのだと。そして頼もしくもある。復讐という道を通りながらも自由に生きているタケルは、間違いなく自分の先達であろうと。


自分にも出来るだろうか?タケルの様な新しい生き方が。未だ郷愁の念が残る。母や弟妹。その存在が気掛かりでならなかった。もう戻れぬ故郷だというのに。




いつもより長くなりましたかね。


前半コメディ。後半は若干シリアスってところです。

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