第五十話試合
これ、投稿ボタン押す瞬間にPCが強制終了。泣きそう。
食後、腹がこなれるのを待ってから、タケルとウズメは街外れへと訪れた。平坦で動き回るに適した場所だ。そこには先客が居る。ひたすら素振りを続ける十代前半の少年。タケルの弟子ユウだ。言い付け通り何百回と刀を振り続け鍛錬に勤しんでいた。
「おーいユウ。少し場所借りるぞ。」
「師匠?どうしたんですか。ギルドに行ったんじゃ。」
「色々あってな。それより場所を貸してくれ。」
「はい。けど、何をするんです?」
「試合だ。参考になるから端で見学してろ。」
「はぁ…」
後ろに控えるウズメを見て怪訝な顔のユウ。師匠が試合とは珍しいものだ。それも相手は女性。
「お初にお目にかかる。拙者、東方の剣客ウズメと申す。」
「ど、どうも。弟子のユウ・カミジョウです。」
「カミジョウ?もしやご子息で?いや…それでは歳が合わぬか…」
「こいつは孤児院の最年長さ。それとウズメ、言っておくが俺は独身だぞ。」
リンを『お内儀』と呼んでいた事からも、彼女は確実にリンとの仲を誤解している。これを期に訂正しておくタケル。
「そうで御座ったか…それは失礼を。」
「まあ気にするな。しかし得物が無かったんだったな。」
キィイイイイイン!
タケルの手元で光が発した。澄んだ金属音共に現れたのは一振りの刀。日本刀だ。それもタケルが腰に差すただの白木作りの物ではない。
柄巻は黒色のひねり巻で、鍔は半丸。鞘は黒塗蝋色だ。今は鞘に納まっているが刀身は反りの入った湾刀で、全体的に村正をイメージして作られていた。
「ほら、これを使え。」
突然投げ渡された刀をウズメは慌てて受け止める。
「な、何で御座るか今のは!?」
ウズメが驚いたのは刀の豪華さや出来ではない。それらも極上ではあるが、彼女が仰天したのは唐突に刀が現れた現象そのものに対してだ。
「俺はちょっと珍しい魔法が使えるのさ。」
「ちょっと所では無いでしょうに。」
横で見ていたユウの茶々にスルーを決め込みタケルは刀を抜いた。
「そら、驚くのは後にして依頼をこなさないとな?」
「む…そうで御座った。」
ウズメにとってこの試合は依頼である。色々と疑問は残るが、生真面目な彼女は思考を切り替えタケルと対峙する。
「ユウ、開始の合図。」
「えっと…は、始め?」
困惑するユウのやや締まらない合図でタケルとウズメの試合は開始された。
双方、刀を抜き放ち構えを取る。
「……むっ!?」
正眼に構えるウズメに対し、タケルはただ刀を右手に持ったまま。構えというには些か無防備過ぎる体勢だった。
一見何処からでも叩き斬れそうな格好のタケルに、ウズメは打ち込む隙を見いだせなかった。
かつて師の言った台詞を思い出す。本当の達人には構えというモノは存在しないと。
あらゆる状況、あらゆる体勢、その全てにおいて攻撃に転ずる事が出来るのが本当の達人なのだと。
だがそんなものはただの空想。剣士が描く理想でしかないのだと思っていた。実際、それを語った師でさえその境地には至って居なかったからだ。
それがどうだろう。今向き合っている相手は見事にそれを体現して見せている。
「来ないのか?」
「……。」
正直ウズメは攻めあぐねていた。生半可な技では返り討ちに合うだろう。しかもウズメの真価は後の先にある。相手に先んじての攻撃ではどうしても後れをとる事になる。
「フッ…」
来る!タケルが口元を緩めた直後、ウズメの握っていた刀に衝撃が走った。
「くあっ!!」
ただ脱力して居るように見えたタケルが、一瞬で懐に飛び込み、ウズメの刀を斬りつけたのだ。恐ろしい瞬発力だ。
それだけではない。威力に加えタイミングに角度。全てが絶妙に合わさった一撃だ。ウズメには刀を手放さなかったのが奇跡に思えた。
「凄い…一撃で御座るな…。」
「いやいや、ウズメも良く耐えたよ。あれでも刀を手放さないのはさすが武士ってとこかな。」
「お褒めにあずかり光栄…と言いたいところで御座るが、タケル殿が刀を狙わなければ拙者は即死で御座った。」
確かにタケルの斬撃はウズメ自身ではなく、彼女の持つ刀に向けられていた。挨拶代わりの一撃だ。しかし、もし今のがウズメに向けられていたら、彼女の胴体は真っ二つに斬り裂かれていただろう。
「タケル殿、先ずは謝罪させて下され。正直に申すと拙者はタケル殿を侮っておりました。」
ウズメは当初自分が胸を貸してやるつもりでいた。タケルと対峙するまでは。師を倒した兄弟子に勝った事で、自分の強さを過信していたのだ。だが、そんな自分の鼻っ柱は、あの一撃で見事に叩き折られた。
「くくっ…」
胸の内を明かすウズメに対してタケルが声を出して笑う。
「はははっ!本当に可愛いなお前は!」
「なな!何を申されるか!」
タケルは馬鹿が付くくらい正直なウズメに、思わず笑いが込み上げて来た。きっと彼女の師や兄弟子達にとっては、ウズメは可愛くて仕方無かった事だろう。
「ふふっ、悪かったよ。お前があんまり素直なんでな。」
「ぬ、ぬぅ…嘘が付けぬ質なのは自覚しておりますが…」
「本当に悪かった。もう笑わないから続きをやろう。な?」
「うむ。」
むくれていたウズメはタケルの謝罪にて気を取り直すと、改めて試合へと臨む。
「さあ来い!」
「いざっ!」
相手の力量を知ったウズメは、勝てずとも一矢報いろうと刀を構えるのだった。
「ゼェ…ゼェ…一本も…通らぬとは…」
数時間後、ウズメは仰向けで大地に伏していた。試合は完敗。一撃も当てる事なく体力が尽きてしまった。
「ふぅ…イイ汗かいた。」
一方でタケルが僅かにかいた汗を拭っている。ウズメと運動量はそう変わらない筈だ。体力でも劣っていたと痛感するウズメ。
「ハァ…ハァ…」
胸を上下させ呼吸を整える。これほど疲労したのは師が生きていた頃の修練以来だ。
試合もいつしか稽古を受けているような状態になっていた。何度も挑んでは打ち返されるの繰り返し。更には自分の欠点を指摘されるなど、指導を受ける始末だ。
けれど悔しくは無く、むしろ爽快な気分だった。まるで道場で修行に明け暮れていた頃に戻ったかの様だ。
異国の地でこんな気持ちに成れるとは思いも寄らなかった。考えてみれは最近は仇を討つための修練ばかりで、純粋に剣術に没頭してはいなかった。
「ご苦労さん、依頼達成だ。良い練習になったよ。」
「拙者こそ。己の未熟を知る良い機会で御座った。」
タケルから差し伸べられた手を掴み立ち上がるウズメ。彼女にとって今日の試合はとても有意義なものであった。仇討ちを果たした事で何処か目標を見失いかけていたのだ。しかし剣の道にはまだまだ先がある。それを示してくれたタケルに、ウズメは深く感謝するのだった。
「これは約束の報酬だ。」
「はっ。確かに。」
タケルがギルドの登録料を渡すと、ウズメがあさっての方向に向かう。
「おいおい、何処に行くんだ?」
「ギルドに向かうつもりで御座るが?」
「明日にしろよ。もう夕方だぞ。今からじゃ依頼を請けても夜になるぞ。」
「や、しかし拙者にはそのような余裕は有りませぬので。」
「まったく…ウズメ、お前幾つだ?」
「歳で御座るか?今年で十九になります。」
「はい、宿泊決定!家無しっ子は孤児院で預かるべきだからな。」
強引にウズメを引きずりユウと共に家路に向かうタケル。ウズメも抵抗を試みるが、疲労した身体では如何ともしがたい。
「せ、拙者は子供では御座らん!タケル殿~!」
「はっはー!残念。俺の故郷では大人は二十歳からだ。」
結局タケルの強引な論法で宿泊を同意させられ、ウズメは孤児院での滞在を決めるのだった。
帰宅後、汗だくになっている三人はリンとセラによって直ぐに風呂場へと強制移動となった。
ウズメは先に入るよう勧められたが、主人であるタケルより先に入る訳にはいかないと頑なに入浴拒む。
仕方無くタケルはユウを連れて先に入浴を済ますのだった。
「こ、これは…」
タケル達の入浴後、入れ替わるようにして風呂場へと赴いたウズメ。彼女は目の前の光景に感嘆する。
風呂場はまるで温泉だった。岩や石を重ね合わせて作られた浴槽と洗い場。それに檜の風呂桶。本当に故郷に帰ってきたかのように錯覚してしまいそうだ。
同時に持ち主であるタケルという人間の人物像がまたも掴めなくなった。これほど見事な風呂は自国でも有数の権力者しか持たないだろう。それを一個人で所有しているとは一体何者なのか。
困惑しながらも身体を洗い流す為に湯船へと近付く。すると湯気の中に人影が浮かんでいた。
「て、天女?」
思わず呟く。それほど目の前で湯に浸かる女性は美しかった。肩まで伸びた赤い髪と、非の打ち所のない顔の造形。そして何より湯で寛いでいるにも関わらず気品漂う佇まいは、お伽話の天女がそのまま現れたかのような存在感があった。
「うん?見ない顔だな。」
「はっ!し、失礼仕った!拙者は東方より参った流浪人でウズメ・アマノと申す!ここのご主人、タケル殿の厚意にてお世話になっております!」
早口で言葉を紡ぐ。相手はどう見てもやんごとなき人物である。言葉に不備は無かっただろうか。いまいち不安だ。
「そうか…タケルがな。私はここアルベルリア国の第一王女レイア・アルベルリアだ。宜しく頼むウズメ。」
「…ふぇ?」
一瞬相手が何を言っているのか分からなかった。やや間が空き、目の前の美女が第一王女…つまりこの国の姫であると思い至るとウズメは神速の域で平伏した。
「ししし失礼致しました!姫様とはつゆ知らず!」
何故こんな場所に国の王女が居るのか。自分は孤児院の風呂場に居たはずだ。まさか気付かぬ内に王宮にでも迷い込んでしまったのだろうか?
半ばパニックを起こしながら、ウズメは浴場の真ん中で裸のまま平伏すのだった。
「…あ…。」
女性が全裸のまま土下座という異様な光景の中、浴室のドアが開け放たれた。入ってきたのはリン。彼女はこのアブノーマルな状況に絶句する。
「えっと…ごゆっくり?」
二人を見比べ場を辞するリン。彼女の誤解に気付いたレイアは慌てて後を追った。
「ち、違うぞリン!私は何もしていない!」
「だ、大丈夫よ。レイア、貴女にどんな趣味が有っても私達は友達だから。」
「ならば何故目を合わせん!?」
「せ、拙者は打ち首で御座ろうか…。うぅ…まさかこの齢にて散ろうとは…」
浴場は限りなく混沌としていた。
最後は入浴シーンでシメっ!