第二十八話据え膳食わぬは
宗教とは絡みません。舞台が教会なだけです。期待してた方スイマセン。
酔っ払いが話していた闇市が開かれている教会に着く。それは結構立派な建物で、一般人にはこんな場所で非合法な取引が行われているとはちょっと思い付かないだろう。信者からすれば教会は犯罪とは真逆に位置するものの筈だからだ。
「教会が犯罪の温床とはな。」
呆れ顔でショウが呟く。
「この世界の人間からすれば盲点かもな。俺達からしたら灯台下暗し…って言うよりは逆にお約束だ。」
「言えてる。言えてる。俺が来るまでうちの孤児院も不正の煽りを食らってったし。信心深い信者じゃ教会で犯罪なんて想像も出来ないだろうな。」
オルソンに答えると同時にお縄になったジーグの三段腹を思い出す。……オエッ…。レイアの笑顔でも思い出して修正修正……。
宗教のデメリットは目に見えない物が多すぎる事だ。祈りは形にならないし成果も分からない。例えば何かしら問題が解決したとして、それが敬虔な信者が相手の場合、坊主や司祭はしたり顔でこう言うのだ。
『貴方の祈りが神(仏)に通じたのでしょう』と。逆に報われなかった場合は、『貴方の祈りが足りない。もっと真摯な気持ちで祈りなさい。』なんてふうに。
更に質が悪いのはこういった場合、信者の願いに坊主や司祭は一切の責を負わないので願いが叶わなくとも彼らは痛くも痒くもないのだ。神に敬意を払えと言いながらも、それを言い訳に使う彼らこそが一番の冒涜者ではなかろうか?
「無神論者の俺達が実際に神に会ってこういう場所に来ると微妙な気分になるな。」
教会の建物を見上げて微妙な顔をするオルソン。
「次からは無宗教論者とでも名乗るべきか?」
「どちらにせよ、生臭坊主…司祭にはあまり関わりたくないぞ。テロるのもテロられるのも御免だ。」
何処の宗教とは言わない。俺が言えたクチじゃ無いがな。
「『宗教は麻薬』…か……。」
「何だそれ?」
俺はショウに聞き返す。
「昔の仲間が言っていたセリフだ。依存すると碌な事が無い。」
「…用法用量をお守り下さい。」
「違い無い。」
ククク…と低く笑うショウ。
扉をくぐると俺達を男が一人待ち受けて居た。
「こんな夜更けに教会へどういった御用でしょうか?」
姿を表したのは司祭らしき人物。しかし他にも数人、建物の影に潜んでおり此方を窺っている。恐らく警戒しているのだろう。そしてショウとオルソンもそれに気付いている。
「用件はこれだ。」
札を取り出し手渡すと、神官がニヤリと顔を歪ませて恭しく頭を下げる。同時に警戒していた気配が消えた。
「フフ…どうぞ此方へ。」
中へと招かれ地下へと続く石階段を下りる。そこは案外広く小ホール並の面積で、扱う品物によってコーナー毎に分けられている。各々客達が興味の有る品を物色していた。
「闇市なんてのは異世界でも雰囲気は変わらないもんだな。」
「扱ってる物に多少の違いは有るけどな。」
周りを見渡しながらショウと語り合う。軍人…いや、傭兵ならその手の場所は経験が有るのだろう。紛争地域等、取り分け経済が不安定な国にはこういう場所は良く有るからだ。
「監視の目も無くなった様だし、別れて情報を集めるとするか。」
「…だな。」
「また一時間後にここで落ち合おう。」
オルソンの提案に頷くと、俺達三人は別方向へと散開した。
―リンサイド―
私は今、不幸のドン底へと向かっているのかも知れない。
事の発端は爆破テロ。私が捜査していた件とは別の事件だ。捜査中に赴いたビルが偶然にもテロの標的だった。そこで私は爆発に巻き込まれてしまった。
気が付いた時には檻の中。荒野に倒れていた私は盗賊に拾われたらしく、そのまま人買いに売られてしまった。
この不運……
まるで誰かさんを思い出す。
自分は破滅的に運が悪いくせに、持ち前の才覚で戦っていた男。こんな時に私を救ってくれた事もあったっけ。奇妙な縁が有り、捜査中に陥れられた私を苦笑混じりに助けてくれた。
しかし彼はもう居ない。
流れ弾に当たり命を失った。
奇しくもそれは彼の異名となったMr.Tのイニシャルを敵に刻んだ直後の事だというのだから皮肉なものだ。
ある意味、らしい最後と言えるかも知れない。毎回書きそびれていたKを書いた直後に死ぬなんて、実に不幸体質の彼らしい。なけ無しの運をそこで使い切ったのかしら?
だけど何故か私には彼が死んだとは思えない。そして、こういう危機に飄々としながらも安心を与える笑顔で私の前に現れるのだ。
「あれ?こりゃまた珍しい場所で会ったもんだなリン。」
そうだ。こうやっておどけながらも苦笑しつつ私を助けてくれる。
「タケル…!?」
有る筈の無い笑顔がそこには有った…。
―タケルサイド―
「あれ?こりゃまた珍しい場所で会ったもんだなリン。」
「タケル!?」
ショウ達と離れて情報収集を開始した俺が、ふと目を向けた先は奴隷商が店を敷く区画。そこで繋がれて居た奴隷の中にある懐かしい顔に少々驚く。
「な、なんで貴方がここに!?」
目を見開き仰天するリン。まあ当然か。死んだと思っていた俺とこんな異世界で出会ったのだ。その驚きは俺以上だろう。
「あ、貴方…死んだ筈でしょう?」
「ああ。死んだ。けど色々と事情が有って、この世界で第二の人生を楽しんでるトコ。」
「何よそれ?意味不明ね。」
「そうだろうなぁ。…しかし……」
「な、何よ…?」
チラリと動く目線。俺の視界がリンの格好を捉える。
元は整然としたスーツ姿だったのだろうが、今は所々破れており大分傷んでいる。スカートなど腰巻程度の面積しか残っていない。足枷の付けられたリンの脚が太股まで露出していてかなり扇情的だ。
「これはまた目に毒な格好だな。」
「馬鹿……」
リンが俺の視線を感じてか身じろぎする。
「そいつがお気に召しましたかい?」
俺がリンをからかっていると、会話を遮る男が一人。
「昨日入荷したばかりの奴隷でしてね。」
「……。」
手もみしながら近付いて来た男をリンがキッ!と睨み付ける。恐らくこの男が奴隷商なのだろう。リンの視線など気にもせず話を続ける。
「奴隷をお探しならお客さんは運が良い。この通り気性は荒いですが、肉体の方は中々のモンでしょう?」
「確かに良い肉体してるわな。」
「良いって…」
男の言葉に同意すると睨みを利かせていたリンが僅かに顔を赤らめる。
「それに他にも色々と取り揃えてますんで、見てっちゃくれませんかい?」
男の言う通り、この区画にはリン以外にも7~8人の奴隷が繋がれていた。
「へぇ…結構居るんだな。いつもこんなに売ってるのか?」
「いえ、久しぶりに大量の入荷がありましてね。」
「入荷ねぇ…。奴隷なんて何処で仕入れるんだ?」
「そりゃ、そこは企業秘密って事で。」
教える訳が無いか。吐いて貰うけどな。
「そうか。それじゃ全部貰うわ。」
「ぜ、全部ですかい!?」
俺の言葉に驚く男だったが、直ぐに表情を戻すと訝しげにこちらを見つめる。
「言っちゃ何ですが、奴隷は一人でもかなり値が張りますぜ?それだけの金を持っているようには見えませんがねぇ?」
「現物取引になるがかさ張らなくて良いだろ?ホレ!」
「へ?……っ!!」
男が受け取ろうと反射的に手を出した瞬間、指に嵌める!
「……。」
慌てていた男からスッと表情が消え、直立不動で俺の前に立つ。
「おお、効いてる!嵌められるとこうなるのか。」
男に嵌めた指輪はこの国に来る切っ掛けになったラサゾールの隷属の指輪だ。俺には効かないのだが、色々有りすぎてずっと着けっぱなしだった。本当はアインにでも使って、ベルウルフの鳴き真似でもさせて笑ってやろうと思ってたんだが。
「タケル、こいつに何をしたの?急に大人しくなったけど?」
「後で教えてやるよ。」
取り合えずリンの疑問を後に回し、男に命令する。
「ここの奴隷を全員俺に売れ。」
「へい。お代は…。」
「タダでな!」
「分かり…やした。」
何でだろう。本能的に拒否してるのか?無表情なのにスゲー嫌そうに見える。
「焼印はどうしやす?」
「焼印?」
「奴隷には焼印を入れてその証を付けるのが普通なんですがね。それと反抗的な奴隷には調教を施してから後日納品する事もできますぜ。有料ですがね。」
俺はニヤニヤしながらリンへ振り向く。
「焼印と調教だとさ。」
「泣くぞ。コノヤロー!」
「おお怖っ!」
怨みがましく睨むリンに苦笑しながら、それを断ると全員を解放させる。
「さて、今度こそ奴隷の仕入れ先を教えて貰おうか。」
「へい。実は最近幅を利かせ始めた盗賊が居まして……」
さっきは拒否されたが、男は指輪の効果に抗えずに全てを白状した。
話しによると買った奴隷達は皆、同じ盗賊団から仕入れたという事だ。俺はその盗賊団の詳細と根城を聞き出した。これがなんでも屋のターゲットかは分からないが、ショウ達が集めてくる情報と照らし合わせればハッキリするだろう。違っていても逃すつもりは無いがな。ククク…俺の知り合いに手を出した報いは受けてもらうぜ。
「悪い顔に成ってるわよタケル。皆怯えてるじゃない。」
「おっと、失敬。」
元奴隷の方々は自分を買った相手がニヤニヤしているので不安になったらしい。リンに注意されて表情を戻す。
「それじゃ、リン。皆に服を着せてやってくれ。」
全員ボロ切れを纏っただけの格好だ。連れ出そうにもこのままではいただけない。
キィーーーーン!
この世界で一般的なデザインの服を創造してリンに渡す。
「…はっ!?今、どうやったの!?」
「それも後でな。」
「…仕方ないわね。分かったわ。」
空気を読んだらしく、怪しみながらも手際よく全員に服を渡していくリン。全員に行き渡った所で女性陣が物陰で着替え始める。
「おい、リン。お前はこっちな。」
「……チャイナドレスなんて何処で…。」
全員が服を着替え終わると俺の前に並ぶ。未だに皆何処かかぎこち無い。
「リン、ここを出たら全員を解放するから指示を頼む。俺が言うよりもリンから言った方が良いだろう。」
「了解。ところでアッチはどうするの?」
リンが指差す方向では、隷属の指輪を嵌められた奴隷商がボーっと立っていた。俺の指示を待っているらしい。
「忘れてた。おい、お前は奴隷商なんてアコギな商売はやめて地道に何かしらの商売に励め。商売が軌道に乗ったら指輪は壊せ。」
「へい…分かりやした…。」
命令を聞いた男は急いで店を畳み始める。
そろそろ約束の時間だ。俺はリン+元奴隷の皆さんを引き連れて予定の場所へと向かう。
「ふぁ…。」
「眠そうね。」
「そういや徹夜だった。」
「私も疲れた。早くお風呂でも入って眠りたいわ。」
心底疲れたふうなリン。心労が溜まっているな。無理も無いか。
この後、リン達を引き連れて現れた俺を見てショウが目を丸くする。オルソンはリンを紹介すると直ぐにナンパしていたが即行で撃沈した。彼女曰く、『年下が好み』らしい。
元奴隷の皆さんには当分食えるだけの資金を渡して解放した。まだ中には子供も交ざっていたが、そっちは孤児院に預ける事になった。手続きはベルゼー君がやってくれるそうだ。悪いねえベルゼー君。ご迷惑をお掛けしまっす。
道すがら情報を交換したが、リンを売った盗賊団と今回のターゲットは同じと見て間違い無い。明日、根城を襲撃する事になった。
「という訳で、俺達は奴らのアジトを襲撃するんだが…」
「私も行くわ!フッフッフ…見てなさい。私を売り飛ばした事を地獄で後悔させてやるわ!」
「「「怖ッ!!」」」
リンの笑みに俺達3人は背筋に寒いモノが走った。
やっと一息付ける。ここは宿屋の一室だ。襲撃は明日ということで解散後、俺はリンと共にオルソンお薦めの宿屋に泊まっている。まったく、近くに住まいが有るのに何で宿屋に詳しいんだか。…深くは訊かんがな。
「やれやれ…大変な一日だったぜ。」
上着を椅子に掛け、ベッドへと向かう。
「はっはっは!波乱万丈はいつもの事ってか?」
…やめよう。何だか悲しくなってくる。それに眠い。今日は白いシーツが妙に魅力的に見える。明かりを消すと俺は目を閉じた。
ガチャ…
ゴソゴソ…
トサ……
「…?どうしたんだリン?」
ドアの開く音には気付いていた。しかし相手がリンだと分かっていたので放っていると、ベッドに上がり俺の上へ覆い被さる。
「…タケル。」
「眠れないのか?」
「そうなの…。思い出すと怖くて…。」
リンは頼りなく肩を震わせている。当然だろうな。爆発に巻き込まれて死んだかと思えば、異世界に放置。挙句に奴隷になっていたんだ。むしろ良くここまで平静を保てたものだ。
「それは分かるんだが、服はどうした?」
俺に跨るリンだが、良く見ると服を着ていない。大層立派な双山が胸元で揺れている。
「寝るときには服は着ない主義なの。」
「そうかよ。」
「ねぇ……してもいいから、ここに居させて?」
「何をするんだ?」
「女性に言わせる気?」
「はぁ…仕方無い。ほら…。」
リンに向けて腕を差し出す。
「え?」
キョトンとするリンに言葉を続ける。
「眠い。腕一本貸してやるから寝ろよ。」
「……据え膳食わぬは恥でしょう?」
「弱ってる女につけ込む程男を下げちゃいない。」
ここでいつものリンならば皮肉の一つも言うのだろうが今日は素直に腕を掴んでくる。本当に弱っているらしい。俺の横へ収まり目を瞑る。
「タケル?」
「んー?」
「ありがとう。」
「んんー。」
俺は返事を兼ねて呻きながら眠りに付いた。
プニュ…
う…柔らかい……
リンの登場を強調したかったので、戦闘は次回に持ち越しです。