第二十話貧乏貴族ヴィニシュ
久方ぶりの投稿です。なのに短くてもご容赦を。
ある日の夕暮れ時。太陽も地平の先に沈み掛け、空が赤く染まる頃。
アインとその仲間達は夕食を取るためにギルドの向かいに有る店へ来ていた。ここは冒険者御用達の酒場兼食堂で店名を春風亭という。
アインは幼馴染であり、ギルドのパーティーを組んでいる相棒のゲイルとミアンがイチャ付いているのをいつもの様に眺めていた。
二人は少し前に婚約しており、最近ではその仲睦まじい雰囲気はよりいっそう甘いものになっている。
とはいえ、アインもそれを不快には感じておらず、寧ろ二人を祝福したいと思っていた。
まだ式の日取りなど具体的な事は先で、当面は結婚資金を貯める事を優先させているそうだ。しかし結婚後ミアンは冒険者を引退して家庭に入るという。そうなればもうパーティーを組む事も無いだろう。ならば贈り物の一つも渡してやりたいものだ。
「(そろそろ、俺も金を貯めておくか?)」
ぼんやりとそんな事を考えていると店の入り口での騒ぎが耳に入る。
ドサッ!
「オイオイ。行き倒れかぁ?」
客達の騒ぐ方にふと目をやると、床に倒れ込む青年が一人。身なりはそれほど悪く無く、生活に困って倒れた風には見えない。
係わり合いを避けて誰も助け起こさないため、アインは溜息を付きながら青年に近づいた。
「おい。アンタ、大丈夫か?」
「うう…」
倒れている青年の顔を見てアインは驚く。
「ヴィニシュじゃないか!?大丈夫か?」
「あ、アインさん?」
「覚えてたか。お前、何が有ったんだ?」
「それは…」
「待て待て。ここじゃなんだな。取り合えずこっちへ…。」
顔色の悪いヴィニシュに肩を貸して、自分達のテーブルへと連れて行く。
「知り合いか?」
ヴィニシュを席に座らせると、ゲイルがアインに尋ねる。
「ああ。昔、剣術を教えた事が有ってな。」
まだアインのギルドランクが低かった頃に、短期間だが貴族の息子に剣術を指南する仕事を請けた。そこで剣を教えた相手がヴィニシュだった。
意外に筋が良かった事と、貴族にしては平民への物腰の低さに好感が持てたため、未だに彼の顔を覚えていたのだ。
しかしアインの記憶ではヴィニシュの家が領地としているのは、ここアルベルリアの首都から遠く南に位置する港町タスニアの筈だ。
「貴族の子息が行き倒れるなんてただ事じゃないな。怪我は無いようだが…しかもお前の家の領地はタスニアだろう?何が有ったんだヴィニシュ?」
「そ、それが…」
ヴィニシュが話すには、彼はここアルベルリアへ向かいタスニアから馬を乗り換えて三日三晩走り通しだったらしい。そこまでしてアルベルリアへ来た理由は彼の父の役職が原因だという。
「私の父はタスニアで交易品の輸入と輸出を取りまとめているのですが、数日前に父の上役に当たるラサゾール卿が取引の禁止されている品を密輸している事が分かりまして。私はそれを国に報告するために王都までやって来ました。」
「だが国に使いを寄越せば良いのだから、態々貴族の子息が直に行く必要も無いのでは?」
ゲイルの指摘にヴィニシュが頷く。
「ええ。実際に使いは出しました。ですが、何日経っても国からの返事は返って来ませんでした。恐らくはラサゾール卿の手の者に殺されたのではないかと…。」
「口封じか。成る程な。にしてもヴィニシュ、お前も中々行動力があるじゃないか。最初に会った頃はなよっちくて唯の坊ちゃんだったってのに。そんな大それた事をやろうとは見直したぜ。」
「ははは。アインさんに学んだ後も、自分なりに鍛えはしましたから。でも、流石に三日間の馬乗りは堪えました。」
「顔色が悪いですよ?少し休んだ方が…。」
心配そうにヴィニシュを見るミアン。
「いえ、そうも言ってられないんです。ラサゾール卿が密輸した品物にはかなり危険な物もありますから。実害が出る前に報告しなければ…。」
「そんなに危険なのか?」
「はい。それこそ使い方によっては国が傾きかねない物も。」
「国が!?まさか…。」
「いえ、事実です。最も危険な物で言えば、隷属の指輪…その指輪を嵌められた人間は、嵌めた人間の意のままに操られるそうです。もしも、ラサゾール卿が王家の人間にそんなものを使ったら・・・。」
「確かに不味いな。やりようによっては国ごと乗っ取れるかもな。」
「ですので、被害が出る前に報告…に……」
バタンッ!
疲労からか、ヴィニシュは言い終える前に椅子から崩れ落ちてしまう。
「おいおい!大丈夫かよ?」
「はい…大丈夫…で…」
虚勢を張るヴィニシュだが、その顔は青い。アインは溜息を付くとタケルから買った回復薬を懐から取り出した。
「大丈夫には見えねぇって。仕方がねぇな。ほら、飲め!」
「むごっ!?ご…ゴク…ゴク…。」
全て飲み干す頃には、ヴィニシュの顔色は赤みが増し目にも力が宿る。
「こ、これは!?」
「良く効くだろ?タケル印の回復薬は?」
「何でアンタが偉そうなのよ。」
何故か胸を張るアインにすかさず突っ込むミアン。
「こんな薬、聞いた事有りませんよ!一体何処でこんな物を…いや、それにかなり高価なのでは?私は貴族と言っても末端の貧乏貴族ですからそんな金額は払えませんよ。」
薬の効果に仰天するヴィニシュをアインが宥める。
「まぁ、金額は気にするな。高いとは言っても俺達冒険者でも買える程度だ。それに今は話の続きだろ?」
「そうだ!こうしちゃ居られない!早く城へ…グェ!」
アインが逸るヴィニシュの襟首をひっ捉まえて制止する。
「少し落ち着けって。」
「ですが早くしなければ被害が!」
「だが、当ては有るのか?」
話を聞いていたゲイルが問い掛ける。
「いえ。一先ず城でどなたかに話を聞いて貰おうと…。」
「それは難しいだろうな。運良く話が通れば良いが、訴えた相手がラサゾールという貴族側だったらどうするつもりだ?最悪、君に追っ手を差し向けられる可能もあるぞ?」
実際によく有る例だ。平民が領主の不正や横暴を訴え出て、その場では快く話を聞いて貰える。事実確認の為に一度帰されるが、途中で刺客にバッサリ!という具合だ。
「……。」
ゲイルの予測を聞いて言葉を無くすヴィニシュ。
「…ではどなたか国に話を通せる方は居ないでしょうか?王族とまでは言いませんが、公爵家位に力のある方に繋がりの有る人は…。」
「貴族にツテねぇ。生憎俺達も一介の冒険者でしか無いし…。」
「ちゃんと動いてくれる保障のある貴族なんて難しいですね。」
ガシガシと頭を掻くアインに、顎に指を当て思案するミアン。ゲイルは憮然と腕を組んだままだ。
全員が思考の海に漂っていると店に新しい客が入って来た。十代前半の少年と漂々とした態度で笑う腰に得物らしき棒を差した青年。
「「「あ…」」」
三人(主にアインとミアン)はその客を見て声を合わせた。
「「「居たー!!」」」
果たして腰に棒を差した青年とは誰なのか!?思わせぶりも何も有ったもんじゃ無いッスね。
長いインターバルにも関わらず、感想を下さった方もいらっしゃったようで感謝です。まだまだリンの再登場リクエストも受付中ですので感想よりお待ちしとります。




