第十七話魔法講義
ウェルス君の後日談。それと魔法について掘り下げてみました。
―ウェルス視点―
「・・・ここは?」
気が付くと私は医務室のベッドの上だった。周りを見渡すと、タケル=カミジョウと戦った仲間達も同じ様にベッドに横たわっている。
「気が付かれましたか?」
看護士の一人が私に言いながら、手に持った茶色いビンを渡す。
「これは何だ?」
「レイア様からお預かりした回復薬です。目覚めたら飲まれる様にとの事です。」
「分かった。」
正直、蹴られた箇所が痛む。もしかしたら砕けているかもしれない。少しでも痛みが和らげばとその薬を口にする。
「これは!?」
私は薬の効果に驚きの声を上げた。痛みや怪我が瞬く間に治ったのだ。しかも、戦いで損なった体力さえも回復し疲労感も無い。寧ろ爽快でさえある。流石レイア様だ。この様な秘薬をお持ちになられるとは。
「気が付いたか?」
「レ、レイア様!」
私はベッドから飛び降りると、慌てて敬礼した。
「本日はこのような失態を犯し、面目次第もございません!」
だが、私の謝罪にレイア様は首を振られた。
「謝る相手が違うのではないかウェルス。タケルから事情は聞いた。今回の件は明らかにお前達に非がある。」
私は内心舌打ちした。こちらは気絶し、弁解する暇も無かった。タケル=カミジョウが都合の良いようにレイア様に報告しているかもしれない。
「パーティー終了後、お前達はタケルに因縁を付けた。そして階級を引き合いに出して揶揄した。それを原因に決闘を開始し、お前達は敗れた。違いはあるか?」
「う・・・」
事実だ。そこには脚色や贔屓目の内容は無い。順を追った事実のみ。それでも非はこちらに有るのは明白だった。私は思わず口篭る。
「ですが我々は、奴のレイア様に対する非礼を粛正しようと・・・」
「私がそれを望んだか?」
「それは・・・」
「前に私はあいつにそれを許していると言った筈だ。私の意志を汲まずにそのような行為を行うのは僭越だろう。」
反論のしようも無い。我々は主を理由に自身の欲求の為に動いたという事だ。臣下が最も行ってはならない事だろう。
「・・・申し訳ありませんでした。反論の余地もありません。我々は如何いった処罰となるのでしょうか?」
「罪状は王家の招待客への侮辱。及び攻撃行為。更に警備任務の放棄・・・・といった所か。」
降格だろうか?もしくは罷免も有り得る。せめて部下達には責が及ばないようにしたいが。
「だが、侮辱は討論、攻撃行為は剣術指南として片付けて良いと言っている。罪状として残るのは気絶した事で怠った警備任務。その任務放棄の件のみだ。」
「お待ちください!それは奴が・・・・いや、タケル殿が言われたのですが!?」
「そうだ。」
情けを掛けられた。私はそれを聞いて安堵よりも、悔しさが沸き立った。だがそれを見透かす様にレイア様は仰られる。
「ウェルス。お前は今、タケルに情けを掛けられている事に怒りか悔しみを感じているだろう?」
「はい!あの者に情けを掛けられる位ならば、どうか通常通りお裁きください。!罷免でも打ち首でもお受けします!」
しかし私の懇願にレイア様は意外な言葉を返された。
「ならば訊こう。お前は王や私が同じ様に情けを掛けても怒りを感じるか?」
「いえ。それは・・・感じません。」
自分にとって尊敬に値する人物から受けた情けだ。感謝こそすれ、怒りなど湧く筈も無い。
「だろうな。お前がタケルに対して怒りを感じるのは、お前があいつを同列かそれ以下に見ているからだ。だが、それは間違いだ。タケルの人としての度量や武人としての力は、お前どころか、私さえも及ばないのだぞ。」
「まさか・・・」
私は耳を疑った。
「過大評価ではない。実際、あの場でタケルがお前達を殺そうと思えば簡単に出来た。あいつが全力を出せば、それこそ骨も残らなかったろう。しかし侮辱されてなお、タケルはお前達を気遣ったのだ。お前達の中にそこまで思慮の及ぶ者が居たか?」
「いえ・・・」
「更に言うならばお前が怪我の回復のために飲んだ秘薬もタケルが用意したものだ。」
「なっ!?」
私は自分の愚かさに顔から火が出そうだった。まさか全てが彼の手の上だったとは。
「これで分かっただろう。次にあいつと会う機会があれば謝罪と礼を忘れるな。」
「はっ!しかしタケル殿がレイア様よりもお強いというのは・・・」
「事実だ。ウェルス、お前はワイバーンを倒せるか?」
「ワイバーンですか?我が城の騎士団であれば十人ほど連れて策を練れば可能ですが。」
「タケルは齢13の弟子を一人連れただけで、実質単独でワイバーンを討伐した事がある。」
「まさか!?そんなことが!?」
今度は私の顔から血の気が引いていく。
「亜種とはいえ竜を倒す程の人間に喧嘩を売ったという事だ。己の浅はかさが分かっただろう?」
「はい。今度お会いした時には全力で謝罪させて頂きます。」
レイア様は頷かれ、医務室を後にされた。しかし単独で竜を倒せる人間、タケル=カミジョウ。あの時彼が全力で我々を潰しに掛かっていたらと思うと、心底肝が冷える。
更にはその器の大きさ。侮辱されながも相手を気遣い、罪さえも減刑させるなど並大抵の度量ではできない事だ。仕舞いには秘薬をも惜しげもなく渡すとは、最早感服せざるを得ない。私は彼を知れば知るほど自分の矮小さが浮き彫りになっていくのを感じた。
騎士団の控え室へと戻ると、あの一件で私と共にタケル殿と対峙した部下達が集まる。
「副隊長!お怪我は!?」
「もうよろしいのですか?」
私を気遣う声が有った。だが同時に、タケル殿への中傷や報復を挙げる者も居た。
「騎士団へこのような狼藉を行うなど許せん!」
「粛清すべきだ!」
「この報いはどうしてやるべきか!」
何も知らずにいきり立つ彼らを私は押し留める。
「皆聞け!今回のタケル殿との一件、非は全面的にこちらに有る!これ以降、タケル殿への報復や誹謗中傷の類を一切禁止する!」
私の命令に部下達は納得が行かず、皆口々に異を唱える。
「な、何故です!?奴のレイア様への不敬を正すのは我らの使命ではありませんか!?」
「そうです!しかもこちらには怪我人まで出ているんですよ!?」
その反応は今しがた、私がレイア様に対して取った行動と同じものだった。それだけに自分がいかに浅慮であったかが窺える。
「タケル殿の態度はレイア様の許可有っての事。これに異を唱えるはレイア様の命に背くと同じだ!それにタケル殿は反目した我らに対し、処罰の減刑まで申し出られたのだぞ?そして怪我人には秘薬まで用意してくださった!ここまで情けを掛けて頂いてなお、お前達は胸を張って報復だの粛正だのと言えるのか!?」
「・・・・!?」
この言葉で、命令に反対した者たちが一斉に口をつぐむ。
「・・・私も含め、皆今回の事で自身の愚かさを悟るべきだ。もしこれを聞きながらまだ異論の有る者は先ず私に名乗り出ろ!そして自身の正当性を示せ!それが遵守出来ぬ者はこの騎士団には必要ない!」
私の宣言に名乗り出る者は居なかった。事実を知り、皆自分の行動と考えに慙愧の念が堪えないのだろう。
「理解できたならば会議を始めるぞ!まずは今回の警備の問題点と対策を話し合う!城の見取り図を持て!」
「はっ!」
―レイア視点―
控え室の扉の前で部下達の動向を窺った。場合によっては私が出て行き、事を収めるつもりでいたが、どうやらその必要は無さそうだ。
「・・・私も含め、皆今回の事で自身の愚かさを悟るべきだ。もしこれを聞きながらまだ異論の有る者は先ず私に名乗り出ろ!そして自身の正当性を示せ!それが遵守出来ぬ者はこの騎士団には必要ない!」
そんなウェルスの声が聞こえた。形はどうあれタケルとの出会いは良い影響を与えたようだ。後はウェルスが上手くやるだろう。私は部屋へは入らずにその場を去った。
―タケル視点―
城でのパーティーから一週間程たった。今日もユウの修行中。
「ホレホレ!当たったら腕立て伏せ100回追加だぜーい!」
俺の手の平から放たれた無数の火の玉がユウに襲い掛かる。
「うわわわわっ!!」
それを器用にかわすユウ。、間に合わない攻撃は剣で叩き落している。流石にこの特訓にも慣れてきたようだ。最後の火の玉を叩き落したところで休憩に入る。
「もうこの修行にも慣れたみたいだし終わりにするか。」
「じゃあ、やっと魔法を教えて貰えるんですね!」
目を輝かせるユウ。
「魔法ねぇ・・・。」
「師匠のような創造魔法は無理としても、俺も一般的な魔法ぐらいは使ってみたいですよ。」
それはそれで困るんだよな。俺の創造魔法は感覚で使ってるから理屈は良く分からない。大体魔法の知識自体持ってないし。
一番困るのは、俺が普通の魔法を使ったとしても違いが分からない事だ。それが普通の人と同じ仕組みで成り立っているのか、創造魔法に因るものなのか確認のしようがない。
例えるならホームランを量産する天才バッターが他人への説明が苦手なのと似ている。どうすれば出来るのかじゃない。やったら出来てしまう。そんな感じ。
「それじゃ勉強してみるか。」
「魔法のですか?今更師匠がやる必要はないんじゃ?」
「いや、よくよく考えてみたら俺も魔法の知識ゼロだし。」
「分からずに使ってたんですか!?」
「そう。想像したら使えるってだけで理屈は知らねー。」
「はぁ・・・本当にデタラメですね創造魔法って。」
ユウが呆れ顔で呟く。
「ユウ、お前なんで人間が息をしないと死ぬか知ってる?」
「さあ?苦しくなるからじゃないですか?」
「何で苦しくなると思う?」
「分かりません。」
「それと同じ。仕組みを知らなくても人は呼吸する。仕組みを知らなくてもタケルは魔法を使える。」
「分かるような分からないような・・・・?」
「という訳で魔法についてご教授くださいレイア先生。」
午後から王宮へ押しかけた俺は、訓練中のレイアを捕まえて頼み込んだ。
「用件は分かったが、唐突だな。」
「間が悪いなら出直すけど?」
「いや、もう少し待って貰えれば訓練も終わる。その後でも構わないか?」
「ああ、頼むよ。」
だが、このやり取りに意外な人間が参加してきた。
「レイア様。後の訓練は私が受け持ちますので、レイア様はタケル殿のお相手をされて下さい。」
なんと提案してきたのは、この前のパーティーで俺が叩きのめしたウェルス君。
「よう、怪我はもういいのかい?」
「はい。あの時は大変申し訳ありませんでした。」
俺の不遜な物言いにも気分を害したふうも無く頭を下げる。
「私はレイア様に諭されタケル殿の寛大な処置に心を打たれて、考えを改める事が出来ました。皆!あの件に関わった者達は頭を下げるんだ!」
ウェルスの声を聞き兵の何人かが訓練を中止して俺へ深々と頭を下げた。
「そ、そこまでして貰わなくてもいいんだけどなぁ。」
「フフッ・・・皆、あの後何かしら思う所があったのだ。素直に受け止めてやってくれ。」
謙遜する俺を見てレイアが笑う。隣ではユウが俺にジト目を向けている。
「師匠、一体何やったんですか?」
「歌とケンカと貴族相手に腹芸を少々・・・」
「先ずは詠唱についての説明から入ろう。」
レイアの魔法講義が始まり、俺とユウはレイアの説明に聞き入った。
「詠唱には二つの意味が有り、一つは自身の魔力に語りかける事、もう一つは起こしたい事象の内容を決める事だ。この二つを行った上で適した呪文を唱えると魔法は発現すると言われている。」
「質問!詠唱の内容に適さない呪文を使うとどうなるんですかー?」
「・・・何故敬語なのか分からないが、まあいい。その場合単純に魔法は発動しない。しかし魔力は消費される。それも発動した場合以上消費されるため、大量の魔力が必要な魔法を失敗して死亡した研究者もいる。」
「うわ・・・」
ユウが顔を引きつらせる。
「それは極端な例だがな。実際は自分の魔力量と相談して使用するのが普通だ。次に詠唱の内容だが、一般的なのが、『我が魔力において』や『我が魔力よ』などだ。言い回しが異なるだけで内容は同じものだな。慣れてくれば『我が力』と省略も可能になる。これが一つ目の、自身の魔力に語り掛けるという意味だ。二つ目は起こしたい事象の内容だが、例えば私の得意なファイア・アローの場合、『炎と成りて敵を撃て』や『敵を撃つ炎と成れ』となる。」
「詠唱は細かく設定出来るのか?」
俺の質問に頷くレイア。
「ああ。だが内容が複雑になる程発動も難しくなるし、詠唱と呪文が適さなくなる場合もある。」
「成る程な。・・・ユウ、折角だから何かやってみろよ。」
「ええ!?いきなりですか?」
「そうだな。知識だけあっても、実際使えなければ意味は無い。先ずは私が手本を見せるから同じ様にやってみるんだ。」
レイアは訓練所の的へ手を向けると詠唱を始めた。
「我が魔力において、炎と成りて敵を撃て!ファイア・アロー!」
ゴオオオオオー!ボン!!
レイアの手から出た矢の形をした炎が的に命中し、燃え上がった。
「おーー!!」
ユウが歓声を上げる。
「てか、ユウ。お前何度かレイアの魔法も見てるだろ?」
ユウもレイアと一緒に何度かギルドの仕事をこなした筈だ。
「いや、でも改めて見ると感慨深いものですよ。」
「フッ・・・ではやってみるんだ。」
レイアがユウを促す。
「はい!」
コイツ俺との修行のときより活き活きしてやがんな。
「ええっと・・・我が魔力において、炎と成りて敵を撃て!ファイア・アロー!」
フシュ・・・・・・ポン!
「・・・・。」
ユウの手から出た線香花火が5メートルほど先で破裂した。
「ブッ!はははは!!ポン!だって!あはははは!」
「わ、笑わないで下さいよ!」
盛大に笑う俺。代わりにレイアがフォローする。
「・・・練度が足りないな。もう少し明確にイメージする事が大事だ。だがいいぞ。最初から発動までもって行ける者は少ないからな。才能は有る方だ。」
「ありがとうございます!」
レイアに褒められ笑顔のユウ。
「俺は最初から成功したけどな。」
「師匠と一緒にしないでください!」
「お前の場合は、異常なのだ。」
ナニコレ?・・・凄い疎外感。
久しぶりにユウの登場でした。