22:1 - 聞き覚えのある声にて
ブルーフラッグ(bleu flag)
:レースにおいて、コースサイドにある小屋からレースの進行や前方の状況を伝えるために振られる旗は色や柄によって意味が事細かに決められている。これは国際自動車連盟によって定められたもので、青い旗は「後方から速い車両が迫っているとき」に使用される。
『おーおーアホみてぇな面だな、イスルギよぉ。ったく、こんなんに負けたって思いたかねぇや』
間違いない、この放送の声はフチザキの声だ。でも何でまたここで出てくる?
俺の夢に出てきたのも妙ではあるが、まだ何が起きたかは説明できる。でもここは現実世界で、つまり当たり前だが死人が生き返るハズもない。俺もイスルギも他のヤツらも、この場にいる全員の思考が停止していた。特にフチザキのことなんざ知りもしない新参の連中なんかは置いてけぼりもいいとこだ。そこのアイザックとか。
「か、館内の放送室に侵入者……?」
『おっと、新顔も多いもんなぁ。ここの通信室とかにも“俺はいねぇ”よ? 何せ俺ぁこいつらの目の前で殺されたハズの人間だからな。まー自己紹介くらいしとかねぇと話が通じねぇか。つってもこんな状況じゃ名刺もなーんも出せねぇしなぁ……ンだよ、スピーカー越しにでも仁義とか切りゃあ良いのか? お控ぇなすって、ってよォ。……俺でもンな古い口上よく知らねぇっつの』
フチザキの声はだらだらと独り言ちている、というかクダを巻いている。そんでこれも当然ながら、アイツのことを知っている連中はこの間にも顔がみるみるうちに蒼白になってったりしてなかなか面白かった。
その一方でこないだ夢で出くわしてたばっかりの俺はというと、さすがにもう頭から血の気の引く感じはしないものの、その代わりに頭上には特大の疑問符が浮かんでいたりする。
『あー……こうやってクチ聞くのに“まだ慣れてねぇ”からよ、つい喋りすぎちまう。悪ィな。指定暴力団ヒグレ会直系傘下アサゴ組若頭、フチザキ・ケイジだ。そこにいるイスルギっていんだろ? ソイツの元上司。知ってるヤツは声と喋り方聞きゃ大体分かるよな? 言っとくが手品とか合成とかそういうんじゃねぇぞ、俺ぁ俺だ。信じられんかも知んねぇけどよ』
「お、おい待てよ……放送とかじゃなく、こっちの声が聞こえてるってか」
『イスルギぃ、エラくおっかなびっくりじゃねぇか。お前ホラーとか苦手なクチだったか? ま、“タネも仕掛けもある”んだけどな』
声を絞り出すイスルギにフチザキの声はさらりと吐き出す。
そっからの説明が長かったので掻い摘んで書いていくと、結局のところフチザキのヤツは死んでいたが一応生きてもいた。もっと正確に言うなら、“人としては”間違いなく死んでいて、“別の生き物として”なら確かに生きていた。
あのとき地表から撃ち抜かれて機関砲の弾ごと地の底に叩きつけられたアイツ自身は、もちろんその時点で即死している。ただ、そのままでフチザキを終わらせなかったのはアイツがひた隠しにしていた人体改造だった。知っての通り、ここの地下には大量のアイテリウムの鉱脈が眠っている。これから漏れ出る重力波が谷底に落ちた俺たちを生き残らせたって話だったが、それは奇しくもフチザキまで同じだったらしい。
人体改造で重力制御機構なんて代モノを体内に組み込んでいたフチザキの死体からは当然血液が漏れ出る。で、その血液は体内のアイテリウム制御機関の残存エネルギーを使ってアイツの脳波を伝導させていく。すると血液に“溶け込んだ”思念が地面に染み込み、地下鉱脈と触れ、通電するように反応して、火花が起きるように地下鉱脈の中で開花した……らしい。
そうしてアイテリウム鉱脈の中で眠っていたシグナリアンの巨大な『知能のアナグラ』へとフチザキの人格は逃げ込んだ。アイツはそのまま闇の中で知能だけが生きた状態のまま潜伏することにしたという。そして、そんな最中に思いついたのが、重力波を操って機械や地上の人間と通信を図るとかいう“ヒマツブシ”だった。昏睡状態の俺の夢に出てきたのは延命手術で体内にあれこれ機械を詰め込んでいたタイミングで、早い話がそれを介して通信して来てた結果っつーワケだ。そんで今はこのクラフトの通信そのもののハッキングに成功して現在監視カメラでこちらを覗き、スピーカー越しに話し掛けているとアイツは語った。
言わば今のアイツは、偶発的に生まれたフチザキの複製であり、元地球人の火星人だとも言える妙な存在だ。そういえば、確か倫理だか何だかの話で似たような話を聞いたことがあったっけ。たしか沼の成分がどうだとか過程がどうだとかって話だった気がしたが、結局は思い出せないまますぐに忘れる。思い出せない知識に幾らの価値もない。
そしてこの“人格のコピー現象”ってヤツが、それとは別の事態を起こす切っ掛けにもなっていた。
『で、メカニックのガキいんだろ? 鶏人種の小娘だよ、あのデカい重機運転してた赤白黒のカッコしたヤツ。今そいつの頭の上に浮いてる石ころ、アレ作ったのも俺だ。……いや違うな、どうも俺“らしい”』
「え……イヤ、何でいきなり話にシギィが出て来るの? ちゃんと説明してよ!」
急に話を振られて若干テンパりながら(けど比較的しっかりした口調で)ラッシュは切り返す。
「待ちなさいフチザキ。直接話すのは初めてのハズだけどアンタのことはしっかり聞いてるわ。ええ、よーく聞いてる……この子に何を見せて傷つけたのかについてもね。この期に及んでいい加減にして! これ以上この子に迷惑かけるつもりなの⁉︎」
脇で話を聞いていたベイファンも叫び声に近いような鋭い声を上げた。
一方のフチザキはウンザリしたような声で言い返す。
『だぁぁ……うっせぇんだよクソ女、お前白衣着てるってこたぁ医者か科学者か何かだろ? だったら大人しくデータ集めだけやってろっての、俺が喋ることも立派なデータなんだからよ……。まぁともかくだな、俺がアイテリウム鉱脈に“馴染んだ”とき、全体の……『意思』とでも言やぁ良いんかね、お前らの言うシグナリアンってヤツらはバカでかい一つでしかなかった。つまりデカいカタマリだ。けどよ、俺がそこに混ざった途端に泡でも生まれるみたいに、爆発的に大量の小っせー“一個”が生まれ始めたワケだ、ポコポコポコってな。たぶん人体の免疫みたいなもんで、異物の存在に対抗したり真似したりする要領で、俺の持ってた“人格”……つまり“個”ってヤツを真似して分裂しだしたんだろ。要するに、そいつの生みの親は俺ってこった』
「えっ……えっ……?」
ラッシュは困惑していた。というか、いきなりこの情報量を叩きつけられて混乱するなってのは無理があるだろ、いくらなんでも。




