21:4 - 踊る議場のニラみ合いにて
「一つ、その話は例の研究機関の報告というだけでも、彼らを信用できない我々からすれば信憑性に欠ける。二つ、今までに“アイテリウムが生きている”とかいう与太話は聞いたことも無いし、目の前にあるという“証拠”がそこの女の上に浮いている石ころ一つきりなのもハッキリ言って疑わしい。手品か何かとは思わなかったんですか? 三つ、仮にその話が真実だったとして……我々非合法集団がそれを気遣う必要がどこにあります? それとも今まで散々他人の生き血を啜ってきた人間が同胞に向かって、今さら“相手の火星人だけは特別だから傷つけるな”とでも? 随分とお優しいじゃないですか、いつの間に極道から足洗って一般人に戻ってたんです?」
「…………」
これ見よがしに煽られているイスルギは何も言わない。一般人もいるこの場でヤクザっぽい怒鳴り合いになるのがマイナスだとお互いが理解しているのだ。もし暴力で解決しようとすればその時点で仲間内での信用ごと地に落ちかねない。つまり言い返せないと分かった上でタチバナはイスルギを煽っている。
で、そういうことには全くもって無頓着なラッシュが衆目の中から代わりとばかりに声を上げた。
「ち……ちょっと、石ころ呼ばわりしないで! ”この子”には、ち……ちゃんと『シギィ』って名前付けたんだからっ!」
イヤ、言ったは良いがラッシュもラッシュでかなりビクつきながら言っているような印象だ。そもそも相手がこないだから怯えているヤクザなんだから無理もないのかも知れないが。むしろここで声を上げられたことが見違えるような成長ってヤツだ。ラッシュの頭上の青く輝く石ころが彼女を励ますみたいにかすかに揺れながら瞬く。
「あ? ガキゃ黙ってろ。へッ、“この子”? その石ころに名前だぁ? 機械屋だか何だか知らねぇが鶏人の××××芸者風情がクチ聞いてんじゃねぇ、殺すぞ」
案の定、タチバナはさっきまでとは打って変わった乱暴な口調と極道用語でもって鼻で笑う。
ただラッシュの方も今までとは違った対応をとった。具体的に言うと“キレた”。
「何その言い草‼︎ ……い、今ここにいるのはあんた達ヤクザだけじゃない! でもこんなとこでも悪ぶってさ、そんなエラそうな態度! 警察相手には同じこと言えないクセに‼︎」
「テメぇこそガタガタ抜かしてんじゃねぇ、生ガキがよ」
ジャキ、という重々しい金属の音と共に、タチバナも大振りの拳銃を懐から抜き放つ。目が本気だ、銃口をラッシュの額に向けて構えながらアイツは躊躇なく安全装置を解除していた。急にイキり立っていたラッシュもさすがに息を呑んで身構えるのが聞こえる。が。
反応が早かったのは傍に立っていたベイファンだった。小柄で非力だからこそ壁になるしかないとでも思ったんだろうか、咄嗟にラッシュとタチバナの間に立ちはだかる。で、それから後を追うように一瞬遅れて、飛びかかったイスルギの左手がタチバナの右手を突き上げ、手に握っていた拳銃を弾き飛ばした。当然強烈な力で叩かれたタチバナの得物は弾丸を勢いよく吐き出す。剥き出しの銃声が轟いた。
「馬鹿野郎‼︎ テメェなに一般人に拳銃持ち出してんだ! いま幹部が揉めんのは自殺行為だろうが、暴れんじゃねェ!」
イスルギは立ち所にタチバナを羽交締めにしてから、頭部を床へと押さえつけつつ一喝する。撃ち出された弾はというとアイツの左手をカスって火傷を残しつつも天井に穴を空けただけだった。
ジビ、ジジりリッ
デカい銃声の反動と緊張感で部屋にいる全員の動きが止まる。スピーカーから漏れる電子音じみたノイズが神経を逆撫でしていくようだ。
「あ゛ぁ⁉︎ この期に及んでアンタまたそうやって一般人の肩持つつもりかよ⁉︎ ……いい加減言ってやるけどな、アンタは極道の面汚しにしかなってねぇんだよ。自分とこの部下は誤魔化せてるみてぇだけどな、上司にハメられて失敗はやる、そもそもそうなったのは目上から嫌われてたからで、組長からは破門され、そんで言うに事欠いて、こうなった原因のオッサンの妄想みたいな計画の言いなりになってやがる! ……アンタいい加減にしろっつーんだよ、恥を知れや」
「は……お前の不満は分かった。じゃ、テメェがこのまま死——
「ちょっ、待って! 喧嘩なら他をあたってよ‼︎ 余所のクラフトで暴れないで‼︎‼︎‼︎」
売り言葉に買い言葉、イスルギも流れるように拳銃を抜いたところで女の悲鳴に近い叫び声が割り込んできた。地下調査のときにメンバーだったリスの尻尾持ちの褐色女。名前は確かノエミアとかいったか、当たり前だが半狂乱だった。
「め、面識はありますが念の為、ゴーディマー技研研究員のノエミア・カヌです。喧嘩するのは結構ですが、そもそも今日集まったのは何のためですか? 離反したΠ小隊への対処を考えるためでしょう⁉︎ こんな自陣で争い起こしてどうするんですか、それともここで私たち全員に殺し合えと? どう見ても頭に血が昇ってますし、私だってそんなのゴメンです! 頭を冷やして‼︎」
褐色の肌でも色の変化がわかるくらいに顔を赤くして必死にノエミアは訴える。
涙目にも見える丸い目はどことなく血走って鬼気迫る表情に見えた。ヤクザが女の涙に弱いなんて聞いたこともないが、明らかに不満げながらもイスルギもタチバナもその様子を見てひとまず剣幕を鞘に収める。実際に時間をおいて頭を冷やすことにしたらしい。どうも自分達が熱くなっている自覚くらいはあったようだった。
「……ご、ご理解いただき、ありがとうございます。失礼しました……」
ノエミアは消え入りそうな声を絞り出して下がろうとした、が、呼び止められる。
「なぁオイ、待てや。アンタんとこの研究所だかがカセージン? シグ……ナンチャラの解析結果出したんだろ? ならここで発表してくんねェか。少なくとも俺は聞いた覚えねェし、ここには他にもそういうヤツいそうだからよ」
止めたのはケンゴだった。
イスルギと同じく銭湯にいたコイツも監禁の後で解放されたクチだったとか聞いている。アイツは入浴中に捕まったことで終始手拭い一枚で大変だったらしいが。
更にはここで、俺から見れば今やノエミアの相棒みたいな印象になっているあのアイザックが声をかけてきた。そういや苗字はヘインズだっけか。
「失礼、待って」
ビージジ、ジビュッ
相変わらずスピーカーのノイズが思い出したみたいに時たま聞こえてくる。アイザックは気にせず続けた。




