21:3 - 夢オチの後の傷痕にて
で、目が覚めると俺は見覚えのないベッドの上だった。
思わず耳を触ってみる、左右両方ともあったし継ぎ目なんてものも無い。ただ肌触りには確かに違和感がある。……どこから持ってきたのか、肌はキレイに人工皮膚に置き換わっているらしかった。自分の体が人工モノになったって事実にはやっぱ取り返しのつかない感覚に陥りそうになる。
妙に硬い気がする“皮膚風の繊維質”が突っ張るのを無視して上体を無理やり起こすと、そこは見覚えのない医務室だった。……どうもアリアドネ号とは別のクラフトらしい、というか手術とかロクにできるような設備も整ってなかったしそりゃそうか。
傍には自分の治療を買って出ていたのだろうベイファンがうたた寝をしている。コイツの立場的にも職分的にも、吹っ飛ばされた俺が治療されたのは間違いない。
それと俺のことを決死の覚悟で運んだハズのラッシュと、今や半年は会ってない気すらしてくるイヴの二人はこの場にいない。まぁ、そのうちまた顔を合わすことになるだろうと俺はタカを括ってベッドの上に寝転び直す。
そんでどう言うワケか、夢で会ったあの死んだハズのヤクザの別れ際の言葉を思い出して、んで頭がまた痛くなった気がして顔をしかめた。
で、二日経って。
その会合の雰囲気は“剣呑”の一言に尽きた。
『会合』というのは、簡単に言ってしまうとΠ小隊離反を受けて俺たち一派が今後の方針を決めるためのモノだ。やたら突っ張って感じたあの人工皮膚でもけっきょく質が良かったのか、俺のリハビリは特に滞りもなく(というか痛みも後遺症も全く無くたった二日で)終わって今は町長として出席している。もちろん俺以外のアリアドネ号クルーやイスルギ組の面々、マダム・バタフライの幹部にゴーディマー技研といった新参参加チームの代表達もいた。あと、晴れて捕虜じゃなくなったハズのヴィトのおっさんとティートなんかも何故か。
俺が吹っ飛ばされてから後の出来事らしいが、アリアドネ号内のあの銭湯に居合わせてしまった連中も短時間の船内での監禁を経て追い立てられるように解放されたって聞いている。んで無事この会合に参加出来ていた。つまり今のところ、小隊と戦う上でこっち陣営の頭数は減ってはいない。……まぁ現役の軍人相手と考えれば、そもそも数が足りてないとも言えるが。
それと小隊本来のクラフトは完全に蛻の殻で、中にある設備はどれも漏れなく破壊されていて使い物にならないとのことだった。アリアドネ号占拠は向こうとしても退路を自ら断っての行動だったらしい。また同時に自分たちが捨てたものであろうと、こちら側の利益になりそうなものを何一つ渡すつもりはないという鋼の意志も垣間見える。
俺が目を覚ましたのはリュー軍曹に吹っ飛ばされてから三日後、今日で五日後だ。目を覚ますまでの三日間はベイファンが三日三晩ほぼ眠らずの大手術を執刀してくれていたのだという。施された措置は全身の皮膚移植、内部組織の焦げていた呼吸器を全て取り換える形での人工心肺埋め込み、使えなくなった骨格組織の人工骨置き換え、エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。……ここまでしてくれたベイファンには本当に頭が上がらなかった。まぁもっとも、本人とは未だにまともな会話を許されていないが。
話を戻そう、空気がここまで悪くなったのにももちろん理由はある。大雑把に言えばラッシュが『シグナリアン』と命名した知的生命体だとかいう石ころ、その“彼ら”の存在が原因だった。
「アイテリウム採掘を提案したのはそもそも貴方のハズでしょ、イスルギさん。今さら採掘をやめるとはどういう風の吹き回しですか?」
相変わらずスーツ姿のビジネスマンみたいな風体のタチバナが、会合に参加している全員の前に立って、裁判官みたいな面持ちでイスルギを詰問する。
同じく前に出て正面に相対するイスルギは無表情でただ目を細めていた。このワニ男がイスルギに対して明らかな不満を抱えていたことは明白だ。そんな関係だからなのか、さらに普段の雰囲気以上の厳しい顔をしながらも口調だけは丁寧に、そして淡々と詰めてくるのは下手に怒鳴り合いをされるのよりも妙な緊張感があった。
会合の会場はゴーディマー技研のクラフト内の会議室だ。クラフトとはいえ研究所も兼ねていて、故にこれだけデカい会議室を備えているということでここが選ばれたらしい。
ジリッ
壊れ気味だという船内のスピーカーから音が上がった。こないだのΠ小隊による電波ジャックから調子があまり良くないとアイザックから聞いていたが、あまりに不穏な今の状況を象徴しているような錯覚すら覚える。
「……別に他意も何もねェだろ、今みたいな状況じゃ掘るとかそういうこと以前の問題だ」
「そこではありません、そんなことじゃない。貴方は言うに事欠いて、採掘作業を一旦止めるとか以上に今までの採掘分のアイテリウムを放棄すると言い出した、今のはそのことについての質問です。そして掘り出した全てのアイテリウムは研究機関だとかいうここの研究所が品質チェックだとかいう名目で全て預かっている状態だ。我々は触れもしない。これでは貴方の一派が利益を独占しようとしていると受け取られても文句は言えないのでは?」
毅然とも憮然とも言えそうな態度のイスルギにタチバナは畳み掛けた。
ご覧の通り、二転三転する状況にヤクザ連中の一部の不満がとうとう限界を迎えつつある。あくまでタチバナはその代表ってワケだ。仲間内でも利益を掠め取ることが当たり前にあるヤクザの世界だからこそ、アイツの目には余計にそう見えたのだろう。水面に目だけ覗かせたワニのように、平静の下に獰猛さを押し隠して詰問を続ける。
「大体何ですか? “人間や地球生物とは全く違う火星の人類”って。そんな与太話、信じる信じない以前に『我々』が無視する理由が三つあります」
そしてタチバナはあくまでも理論的・理性的にイスルギを問い詰めるようと努力しているらしかった。いかにも勿体ぶってるというか、わざわざ遠回しな物言いというか……。裏を返せばむしろ、自分で努力しないとそうは出来ないということでもあるのだろう。
その証拠に、さっきからイスルギに向けられている質問の数々は中立の立場ですらなく、ほとんどイスルギへの非難に近かった。丁寧な口調を装いつつ、タチバナはヤクザらしく事態を荒っぽい方向に解釈して、そこからさらにヤクザっぽい理論でイスルギを攻撃しようとしている。
ジ、ジリッ
またスピーカーから苛立つような音が響いた。




