21:2 - 血も出ない夢の中にて
「オイオイ、極道相手だぜ? 報復くらい覚悟してるよなぁ? ……まさか予想してなかったってこたねぇだろ」
殴られて宙を舞った勢いで俺はさらに地面を転がる。歯が折れるくらいの、なんならアゴが歪むくらいの威力に感じたし相応に痛い。……が、こんな変な世界にいるからなのか出血もケガもなかった。
しかしそんなことを気にする余裕もなく、今度は背中と脇腹に鋭い痛みが走る。
「ハァ……変な世界たぁ思ってたが血も出ねぇとは。こりゃいよいよ殴ったほうがまだマシだな」
攻撃されたとは思えないくらい反射的にフチザキを見上げると、ヤツは懐から銃を抜いて既に撃っていた。銃口からは硝煙が薄く上がっている。撃たれたらしかった。俺は痛みついでに恨み節も吐き出す。
「ぐっ、おいフザケんなコラ……テメーこんなとこで暴れてる場合かよ」
「極道に向かって何言ってんだ、やられっぱなしだったって考えたら、むしろッ! クソ遅ぇくらいだっつーんだよオラァっ‼︎」
「っゴはっ、言わせときゃナメやがってよクソが……ッ痛、ぅラァっ!」
そりゃ、こっちだっていくら早老症とはいえ未だ二四、発症からたかだか四年程度なので元から血の気はそれほど失せていない。それと元自衛官という肩書きとしての自負みたいなモノが余計に俺の頭に血を昇らせた。
そんなこんなで、ドカドカボコボコと俺たちは遠慮もせずに殴り合う。それに痛みだけでケガもしないような環境下ではケンカも余計に激化していく一方だった。
フチザキは俺の顔を殴りつけた後、デカい体格を使って覆い被さってくる。俺の腹部を膝で蹴り上げてから下がった頭を腕で抱え込んで首を締め上げてきた。……何てことはない、俺は焦らずに左腕でフチザキの右腕を掴んで爪を立てる。そのまま右腕をやや下に引っ張って気道を確保して、それから空いている自分の右手を握り込んでフチザキの股間に正拳突きをお見舞いした。
「ぐあッ⁉︎」
相手が怯んだところで俺は両手で先ほど下げたフチザキの右腕を掴んで、そのままフチザキの腕を捻る。右腕に引っ張られたフチザキの脇をすり抜ける形で腕ごと俺はヤツの背中に素早く回り込み、そのまま右腕を背中に押しつけて関節技をキメた。やはり訓練で染み付いた体術というものはそれほど簡単に抜けていかないものらしい。
「あの訓練漬け学生時代の効果がまだ残ってるとは……」
「……チビがっ、ナメた真似、してんじゃねぇ!」
しかし、いくら優位に立ったところで二メートル近いフチザキの体格相手に暴れられてはどうにもならない。フチザキは急に反り返って、今度は俺のアゴに頭突きをめり込ませる。その勢いで俺の組み伏せていた右腕は乱暴に振り解かれて、俺は前にぶん投げられそうになった。が、俺は腕にしがみついて両足を踏ん張り、一本背負いの要領でフチザキを投げ飛ばそうと——
したところで思い出した。そういやコイツ、人体改造の影響で体重三百キロはあるんだっけか。
フチザキ自身の強靭な腕力の勢いでかなり大きくよろめかせる所までは出来たものの、結局それでも投げ飛ばすには明らかにもろもろの力が足りない。けっきょくヤツの巨体はビクともしないまま組み付き組み付かれた姿勢で変な沈黙が流れる。
で、フチザキを投げようとした体勢はそのまんま、俺は腰を思い切り蹴り飛ばされた。当然脚力だって充分に改造済みだったらしいヤツの蹴りは俺を冗談みたいに遠く吹っ飛ばす。しかし、こんだけ地面にしこたま顔をぶつけても歯一本が折れるどころか鼻血一筋すら垂れてこなかった。
そういえばさっきリュー軍曹にボロボロにされたハズの俺の体はどうなってる? 耳はまだ“ある”し、体のどこにも火傷は見当たらない。やっぱ現実とは関係ないのか?
「おーおーこんだけやってもピンピンしてら……ハァ、なんか殴んのすらアホらしくなってきた」
「おーおーそうかよ」
俺は適当に生返事しつつ懐から拳銃を取り出してそのままぶっ放す。
「ッでアっ! ザケんなテメぇ何しやがる⁉︎」
「うっせー! さっき撃って来といてなにギャーギャー言ってんだ、ケガはしなくても痛ーんだよ撃たれんの‼︎ こっちゃさっきお前に二発も撃たれてんだ、報復無しの喰らったまんまでやってられっか‼︎‼︎‼︎」
フチザキの右腕に銃弾を命中させた俺は、弾かれたように右に走り出してヤツの周りを反時計回りに旋回する。というかアイツだって銃を持っているんだからどの道こうする他ない。走りつつ、ついでに俺は腰の位置のレーザーガンも抜いて二丁拳銃のスタイルをとった。
しかしさっき地面が急に広がったみたいに、フチザキの周りにどこからともなく大小様々な石ころが無数に現れたことで俺は窮地に立たされる。義体の駆動音と共にゆっくりと、ヤツのゴツい体躯が上昇し始めて宙に浮かんだ。……そうか、しまった。
「テメぇこそ舐めてんじゃねぇぞ、俺がどういう義体積んでるか忘れたかぁ⁉︎ あぁ⁉︎」
初めて聞いたフチザキの苛立った叫びと共に、宙に浮かぶ無数の石の弾丸が俺を叩こうと一直線に飛んでくる。いや、アイツが俺に当てようとしてるんじゃなくて“俺に向かって落ちてきている”んだったか、確か。だったら避けようもねーじゃねーか畜生! どのみちあの石の数じゃ銃で全部撃ち抜くだとか、弾数が足りない以上にそもそもトリガーを引く指が間に合わない。……マズい。
どガッ
額に中サイズの石ころがめり込んで砕けた、痛い。
ガすっ ドゴがっ
左頬にさっきより小さめの石が食い込んでから一瞬後に右鎖骨にデカいのが右肩に直撃、痛い。
ゴリっ めキョッ ミシっ
右手の拳銃にこれまたゴツいのが当たって骨が軋む。握りしめていた拳銃のグリップは手から弾き飛ばされ、さらに空を掻いた指先を石ころが強く打ち据えた。そして続け様に左の膝にイヤな感覚まで走る。ケガは無い。ケガだけが無い、しかし激痛は鮮やかだった。
バきッ ごシャっ ボゴっ ガゴんッ グしっ ビシッ どシャっ ぐりッ ガッ ゴッ ガッ ゴッ ガッ ゴッ……
“傷ができない”というのが良いことだったのか悪いことだったのかは分からない。痛みはあれど変に体が《《耐え切れてしまうからこそ》》何度も何度も真正面から喰らい続けることになる。
もちろん負傷しないのだから骨折とか打撲なんかもせずに済むワケだが、頭にレンガのような質量の塊が何度も何度も何度も突き刺さり、眼球にだって何度も何度も何度も何度も石のカケラが喰い込んでは落ちて食い込んでは落ちていく感触なんてのは人間が普通体験できるような痛みでは無いと思う。
ただ始末の悪いことに、それでも俺は未だに立っていた。
傷さえ負わなければ耐えれてしまう異常な状態も、痛みで気絶できないのは完全に職歴関係の問題だろう。擦り切れかけの意識で、というか意地だけで立っていたようなものだが、ただ何でここまで意地になっていたのか自分でもハッキリしない。そら勿論フチザキにナメられたくなかったとか、捻り出そうとすれば幾らでも思いつきはする。でも何で、こんなとこで急に出くわしただけの死人相手にそんなにもナメられたくなかったのか全くもって謎だ。
「……ケッ、お前ぇよぉ。こんだけ無茶し倒しといて、“今さら一丁前に”死ぬの怖がってんじゃねぇよ。まー俺の気も済んだし、いつまでもこんなとこで油売ってん、じゃッ‼︎ ……ねぇよ」
フチザキは地面に着地してすると俺のところまでノシノシ近づいてきて、それから呆れたような顔で拳を振りかぶって俺の顔を殴り倒す。最早こんな見え透いたパンチですら避ける余力なんて残ってない。
ただここまで言われて初めて、自分は『希死念慮』なんて言って格好つけてたクセに、本当は死ぬ覚悟なんて何も出来ていなかったと、ようやく自覚して俺は気絶した。




