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21:1 - 久々に見る見たくもない男にて

パドック・アンド・コースサイド(paddock and course side)

:パドックはピット裏にあるチーム関係者がレース中過ごす場所で、コースサイドはサーキットのすぐ脇のスペースのこと。どちらも共にレース進行に関わる重要なスペースであり観客は立ち入ることができないが、パドックパスと呼ばれるチケットを購入したり、イベントの一環などで一般向けに入場が許されることがある。そのため“サーキットの社交場”といわれることも。

 俺は宙に浮かんでいる。明るいのか暗いのかも分からない、というか何もかもよく分かんねー空間の中で。

 ……えーと、そもそも何をしてたんだっけか、とボンヤリ考えを巡らせたところで大怪我を負ってラッシュに抱えあげられた直後に気絶したことを思い出した。変な感触だ。気質なのか、それとも体質とでも言えばいいのか、眠るときには普通の夢ですらあまり見ず見てもすぐに忘れるようなタチなのに、イザこういうタイミングでこうもハッキリした夢を見るとは。

 何つったっけ、確かこういう妙な夢のことを『明晰夢めいせきむ』とか言うんだったか。



「へェ、まさかここに来てテメェに出くわすたぁ……こういうので浮かんで来るんならせいぜいイスルギとかあのへんだと思うじゃねぇかよ、なぁ?」



 ふと声がする。

 恐らく中年の、男の声だ。聞き覚えはあるがイマイチ誰なのかハッキリしない。でも知らないヤツじゃないのは確実。喉の奥に引っかかった魚の小骨みたいで、それなりに痛いし不快だし何をどうやったって気になる。


「しっかし何だってこんな関わり薄いヤツが出てくんだかな……オマケに無視シカトかよ、くぅだらね……」



 さすがに夢の中に来てまでこんなこと毒づかれながら漂っているのはかなり気分が悪い。つーかここでは今のところ傷も痛みもないせいか、精神状態も至って平静だ。つまり、負傷に伴って脳内麻薬アドレナリンとかそういうものが分泌されないとかで、もしかしたらさっきまでの殺し合いよりもストレス溜まってるのかもしれない。


「あ? オイ聞こえてねぇってか、んなワケあるか。聞こえてんだろ? 反応してみろっつーんだよコノヤロー」


「……っせーな、ってマジで喋れる……」


 そんな風にようやく声が出せることに気が付いた。

 ノドを使うのも意識があるときそのままのリアルな感覚で思わず口ごもる。どうやら浮かんでるだけじゃなくて動くことも出来るらしい。ならばと声の主のほうへと首ごと視線を動かして、そこまでやって俺はようやく思い出した。


「なぁ、無知カマトトぶってねぇでこっち来いよ。暇潰しに喧嘩でもしようや」


 大柄な水牛系牛人(キャトル)で歳の頃は四〇代、ネジくれた角とベージュの高そうなスーツで、右手に飴玉の小袋を転がしている……声の主はちゃんと死体まで見届けたハズのあのヤクザ幹部だった。

 たしか名前はフチザキ、イスルギの所属するデカい組の若頭だか何だかでイスルギの元上司。火星で組員全員を見捨てて生き残ろうと画策し、そして抗争の果てに殺された男。……って本当に何でこんなタイミングでコイツの顔が出てくるんだ? もはや縁遠いとかそういう次元ですらねーだろ。



「おら、いつまでもプカプカ浮かんでんじゃねぇ。“地に足つけて”会話しようぜって言ってんだよクソ」


 フチザキの言葉と共にフッとガラスの板みたいに滑らかな地面が現れる。その途端に重力までもが復活したみたいに、体が地面に引き寄せられて強くぶつかった。地面の上に“落ちた”のだ。

 俺は体を打った地面の上でジタバタしてから勢い良く立ち上がる。



「何で死に際に浮かんでくる顔がアンタなんだよ……」


「へッ、“浮かんでくる”ねぇ。浮いてたのはテメぇだろうがよ。まぁ色々と混乱してるってのは見てて伝わってくんぜ?」


「そら混乱もすんだろ、ガチで何でこんな時に出てくんだよ」


「お互いどういう事情かなんざ知りたくもねぇな。アンタの事情は知らんが俺はここにいただけだぞ」


 薄い冷笑を浮かべながらフチザキはそう言ってゆっくりと近づいてきた。如何にも鼻で笑ってる感じで腹が立つ。



「まぁいいや、どういう状況にせよヒマしててよ。なーんせ見ての通り、話し相手も暇潰しになるようなモンも何もねぇ。おまけにここじゃ腹も減らねぇし何も感じねぇんだ。だからこっちとしちゃ、アンタはやっと出来た話し相手ってんで気分が良いんだよ。オマケにお互いしがらみもあんま無ぇしな。ああいうことの後だと顔見知り相手なのは面倒くせぇ」


「俺もアンタに殺されかけた方の人間なんだけどな? どのツラ下げて仲良くできるって思ってんだ」


「あぁ? “どうなろうと知ったこっちゃねーよ”っつってたなぁ何処のどいつだよ? あれからしばらく見ねぇうちに随分イスルギのやつとねんごろになってんじゃねぇか、え?」


 歩いてきたままフチザキはあと一歩くらいの位置で立ち止まって俺を静かに見下ろした。暴れそうな剣呑な雰囲気はないものの、さしもの二メートル近い巨体に目の前で立たれると気圧されそうだ。

 コイツがいま言った言葉はたぶん俺がフチザキに直接喋った内容だ。どうにもコイツはあのフチザキ本人ということで間違いないらしい。あんな俺自身やっと覚えてたような些細な会話をいちいち覚えてるというはつくづく気味が悪かった。やっぱこのオッサン、ヤクザでそれなりの地位にいたなりに頭は切れるタイプなのかも知れない。



「……ま、いいや。アンタが誰だろうと、極道スジモンに関わった以上は」


 笑いながらそこまで言って、フチザキの目の色というか“気配”が変わる。さっきのリュー軍曹のような『情熱』じみたものの全く無い、剃刀かみそりを思わせるような、鋭く冷たくえぐり込むような眼光。

 フチザキの正拳が左頬に突き刺さり、気がつくと俺は後方に三、四メートルほど吹っ飛ばされていた。

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