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20:3 - 口に出すのも憚られる正体にて

「う、っぐアッ‼︎‼︎‼︎」


 頭では理解していて咄嗟に後ろへ飛び退いたものの、爆発の衝撃波は容赦なく俺を後ろに吹き飛ばす。俺の体はもんどり打って五メートルくらい後方に転がった。間近で衝撃波をマトモに喰らったおかげで耳の辺りがジンジンする。穴から血でも垂れてそうだ。


「……クッソ、ナメやがって……」


「“ナメる”? 油断どころか、こちらとしてはいつだって全力だ。自分の欲求に直結してるんだからな」


「はぁ⁉︎」


 リュー軍曹は至って冷静に、そして理路整然とイマイチ理解できないことを言った。欲求?


「さっきの隊長の宣告を受けて“我々”のことも言い直しておこうか、実を言うと今まで語っていたプロフィールは正確じゃない。もっと言うならば“全て”じゃない……もう一度自己紹介だ。我々の名前はΠ(パイ)小隊、所属は米国陸軍。……ではあるが、正式な所属はどこのセクションでもない」


 理解できないことは更に続く。二度目の自己紹介もワケが分からないし何処のセクションでもない、つまりどこにも所属していない部隊ってどういうことだ?


「我々のことを簡単に言うならば『寄せ集め』だ。正式な小隊ですらない。そもそもこのレースに参加している時点でおおよそ見当はついているだろう、我々は犯罪者……まぁ、隊長はお涙頂戴のカバーストーリー(つくりばなし)を好き勝手に創作していたがな。実際は何ということもない、隊長だけでなく我々は全員陸軍内で犯罪を犯し、軍法会議で裁かれて火星に流刑された。端的に言うと殺人だ。まぁ、ここまでは想像の通りだろうがな。でなければ火星こんなところにまで陸軍が出張ではる意味がないのは分かるだろう」



 ……それはまぁそうだ。大体、こんな怪しいレースにアメリカ合衆国なんて大国が正規の部隊を差し向けるというのはあまりに無理がある。ずっと脳裏に引っかかっていた魚の小骨のような違和感の正体はこれか。いくら理路整然と語られたところで事態の根幹というものは変わらない。問題はその上で相手の話に押し切られていた俺自身なワケだが。


 そう語りつつも軍曹は右手を再び手を握り込み続ける頻度を緩めない。会話の途中で、会話相手である俺たちを死なせることを何も躊躇ちゅうちょしていないようだった。俺の左前方の地面からかなり大きい火柱が噴き上がる。今の炎の上がり方はたぶん地雷のそれじゃない、どうも地雷なんて普通の爆弾だけではなく炎を撒き散らすことに特化してるような爆弾まで用意しているらしい。

 何にしても、膨れ上がった炎の端に俺の履いているズボンのすそが炙られるのを肌で感じた。



「そもそも『軍務以外の殺人』なんてもの、軍人の犯罪としてはかなり“ありふれている”。なら我々は何か? ……答えは快楽殺人者(シリアルキラー)。仲間や一般人を自身の道楽目的で殺し、精神鑑定で狂人の烙印を押され、そしてその動機故に軍事監獄ですら更生を諦めた人間の集まり、それが我々だ」


 文脈から考えて、先ほどの『欲求』というワードはここに掛かってくるらしかった。それより何だって? 快楽殺人者(シリアルキラー)? 悪い冗談にしか聞こえなかったが、状況がそれを否定している。というか、あまりにマズい状況すぎて吐き気がして来た。


「ところで……一口に快楽目的といっても“求める形”というのは千差万別でな、余計なお世話だが学者の手で『性的倒錯』だの『異常性愛パラフィリア』だのとイヤな呼び名だって付けられている。俺の症例は“埋葬性愛タフェフィリア”、対象を埋めて葬儀を執り行うことで病的な喜びを感じる、らしい。火葬文化の日本人おまえらにはピンと来ないかも知れないが」



 声の音量を大きくしながら彼は威嚇よろしく腕を振り回して、興奮が抑えきれないのか妙なポーズまで取っていた。それに応じて軍曹の周りの地面が立て続けに爆発が連鎖する。明らかに趣味の悪い決めゼリフのつもりらしかった。轟音と共に、乾いた砂地から舞い上がった土埃がヴェールのように辺りを覆う。もっとも火星の強い風の下でそんなものは何の意味も持たないが、ただ吹き抜ける土埃から現れる軍曹のヒョロッとした立ち姿は独特の不気味さを感じさせた。

 さらに不気味なことには、軍曹が今までに見せたことがないような満面の笑みを浮かべている。


「だから俺は爆弾を使う。爆発で土砂を巻き上げ、周囲のものを倒壊させて埋める……埋めるのは良い……騒々しく不快なモノが物言わぬ土によって覆われ黙らざるを得なくなる! 残るのは静謐せいひつだけだ、さらにそれらを土ごと踏みつけた瞬間! あまりのたかぶりで背筋に震えが走る……体の奥から滲み出るような歓喜で舌が痺れるような感覚を感じるんだ……こればかりは何物にも代えられない‼︎」


「うわ、キッショ……」


 耐えきれず俺は正直に吐き捨てた。何がキショいって、満面の笑みもそうだが軍曹の顔をよく見ると若干赤らめていたことだ。つまり興奮している。

 笑みで歪んだ軍曹の顔はまるでサルが人の表情を真似して無理やり顔をシワだらけにしているようにしか見えず、どうやっても頭が笑顔を作っていると理解するのを拒んでいるらしかった。



「フン、気色悪キショいとは随分ご挨拶だな……まぁ、お前がどう思おうが構わんし知ったことでもない。埋めれば同じだ」


 先ほどまでのクールさというか無愛想さを取り戻したリュー軍曹は無表情に戻ってからまたニヤリと笑う。そしてダンスよろしくその場で右にくるりとスピンすると、右手首を水をかくように捻りながら振り抜いた。俺の向かって左側手前の地面、その上の芥子粒けしつぶのように小さな“何か”の集まりが光ったように見えて、その後で右腕の延長線上をなぞるようにかなり大きな爆炎が弧を描く。炎から漏れ出たような爆風で俺の体はまたボロ布のように激しく煽られた。

 爆発の威力はかなりあったようで、砂と岩肌で出来た地面は幾分か抉れたらしい。爆発地点を見ると鉄球か何かの衝突で穿うがたれたみたいな、深さ十センチほどの三日月形の溝が刻まれている。



「……ひひッ、ぁあぁァ、ああァぁあ……! 見ろ、この固い地面ですら今の爆発でこれだけ凹んだぞ、分かるか⁉︎ この面積の、深さも入れて体積の岩石が一気に吹き飛んだということは“その分だけ何かが埋まるスペース”が新たにできたということだ‼︎ お前にとっては墓穴になるかもしれない溝だぞ‼︎」


「一回落ち着いたのにまた興奮しだすな気持ち悪ィ!」


 反射的にそんなツッコミを叫びつつも、俺はなるべく冷静になろうと辺りを見回しては集中できる何かを探していた。さっき光った粒は何だ? 地面の上の砂粒が光ったように見えたが、今まで何の変哲もなかった火星の砂粒が突然爆弾に代わるってのは一体……?

 となると、次に思いつくことはリュー軍曹が地面に爆弾を撒いていたパターン、しかし光った物のあの小ささから考えてあれほどの威力があるとはにわかに信じられないし、そもそも砂塵が舞う文字通り未開の地:エリア・ニュクスの風の強さではすぐに飛ばされて……ってそうだった、今の問題はそこじゃないんだった。



 いつものようにタイミングがややズレた考えごとをして無駄遣いした二、三秒と引き換えに冷静さを無理やり取り戻すと、取り敢えず両手に握ったハンドガンを構えなおして軍曹の右手を狙う。確実にあの右手の中にあるのは爆弾の起爆スイッチだ。首尾よく撃ち抜ければ無力化できるだろう。幸い射撃の腕は鈍っていな——


「んー? 右手を撃ち抜くつもりか? そんな見え透いた方法で止められると思っているワケか、ナメられたものだ!」


 どうもアテは外れているらしい。が、取り敢えず。


「ぁガあッッっっッっッ‼︎‼︎‼︎」 


 俺は無視してリュー軍曹の右手首を撃ち抜いた。

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