20:2 - 反逆者の冷ややかな視線にて
大慌てでゴーディマー技研のクラフトから表に出て、俺たちは走る。寄せ集めの町はたったいま聞こえてきたタヴァナー少尉の声で呆気に取られているかのように静かだった。いや、正確に言うと各クラフトの間に掛けられたロープやら何やらが風に吹かれるヒュンヒュンと言う音だけがイヤに耳に付く。
相変わらず砂粒混じりの風をかき分け、アリアドネ号のところまで駆け付けた俺たちを待っていたのは若干見覚えのある男だった。
えーと、名前は何だったか……確か、あぁそうだ。
「あんたアレックス・リュー軍曹、だったよな?」
「先週ぶりか、カジロ・アキユキ。ちょうどこちらも準備が終わったところだ。それと、アレックスは愛称で本名はアレクサンダーなのと、一応“軍曹”なのは間違ってはいないが階級自体は兵曹長」
「ンなもんどーでもいいわ」
Π小隊の、あの中華系っぽいヒョロ長厚着の幹部男がアリアドネ号のすぐ前でただ突っ立ってこっちを眺めていた。
火星というのは本来極寒の惑星だ。しかし惑星地球化のついでのように衛星が小さい太陽みたいなものに改造されているので、本物の太陽という熱源からいくら離れていても、今や平均的な気温は地球の温帯と大差なくなっている。……だってのに、そりゃ四季で言えばまだ春先とはいえ、あのロングコートじゃ真冬みたいだ。でもそのせいか、無感情な黒い目から放たれるカミソリみたいな鋭い視線には尚のこと異様な冷たさを感じた。
「さっきの放送は聞いただろう、そこのクラフトはウチの小隊が占拠した。残念だがお引き取り願いたい。俺はここでお前らが無意味に反抗してくるような向こう見ずではないと踏んでいるが」
「……そりゃ挑発ってことで良いか? 生憎だが、俺は自分のクラフトぶん取られた状態でうかうかしてられるほど“出来た”人間じゃないぞ」
「本当に出来るのか?」
「あ?」
「その人数の非戦闘員を連れて、そもそも普段よりも見るからに軽装の状態で、しかも先週の襲撃のときに俺の対多数戦闘を目の当たりにしておいて。ここまで揃った悪条件に対してまだ反抗することが出来るのかと、そう聞いている」
リュー軍曹が言ったことのも至極もっともではある。確かに、まだラッシュくらいに運動神経があるヤツだったら頭数に入れてもいいかもしれない。が、あからさまに頭脳要員な上にただでさえ小柄のベイファン・見るからにヒョロくて運動経験の無さそうなアイザックの二人はこの場において明らかに負担だ。というかこの二人の安全を確保しつつ、対多数でも葬れるような戦術を使える(しかも相当の自信があるらしい)リュー軍曹の相手をするのは無理筋すぎる。
が、それでも。
「悪ィけどさぁ……今さらンなモン気にするだけ無駄だろーがよ」
俺はそう静かに啖呵を切った。そして懐から拳銃を両手に一丁ずつ抜くと、間髪入れず軍曹の足に向かって狂ったようにトリガーを引き続ける。右手の火薬で実弾を撃ち出すタイプと左手のレーザータイプの両方が、指先に力を籠めるたびに銃口から派手に火を吹き上げた。左右差の大きい反動で右手にだけ痺れを感じつつ、せめて行動不能にしようと足部分を狙う。
だが相手は現役の軍人、立っていた地点から素早く地面を駆け抜けることでアッサリ避けられた。……だけではない、着弾した地面から土埃と、それをさらに吹っ飛ばすように爆炎が膨れ上がって弾ける。先週の夜の暗闇に見たのとよく似た爆発、ってことは。
「お前らは一旦下がれ、アリアドネ号から距離空けろ!」
三人に向かって俺は声を張り上げる。全員が慌てて後ろに走って距離を取るのを見送りながら、俺は右手の銃の弾倉を排出し、そして残ったグリップの排出口にジャケットの内側に忍ばせた弾倉をあてがいつつ考えを巡らせた。
今の爆発が一週間前に見た爆発と同じものだとするなら、アイツの得物は恐らく地雷、少なくとも何らかの爆発物で間違いないだろう。闇夜の中で見たあの状況から考えて、そして昼日中の今の状況を見ても他に思いつかない。地雷という“しっかり埋めなきゃならない”代物を独力で、しかもこんな短時間で広範囲に仕掛けているというのがどうにも不可解に思えるが。
ただ何にしても、いくら広範囲にとはいえ、いま埋まっているものは俺たちの前方(つまりリュー軍曹の立っている地点からアリアドネ号までの地面)にしかないってことは間違いないハズだ。だからこそ、俺たちはここまで近づいて軍曹と対峙することができたのだろう。……というかよくよく考えたら、リュー軍曹が地雷仕掛け終えるのがもっと早くてさっさと立ち去っていたとすれば今ごろ俺らは地雷原の餌食だったって。思わず寒気を覚える。
あとリュー軍曹はというと、これもいつか見たような左右に不自然に揺れる身のこなしで砂地を駆け抜けながら右手の中の“何か”を握り込む。俺の目の前の地面から、ピィン……と何かの信号のような、金属のピンが弾け飛ぶような甲高い音。
そんで一瞬の空白を置いて地面が吹き飛んだ。




