20:1 - ひるがえる反旗にて
マズい。
もうこのレースでは何度目かも分からないが、よりにもよってラッシュに突きつけるにはあまりに残酷な話だと思った。メカニックとして従事してきた自分の行いが、知らなかったとはいえ直接的にずっと誰かを苦しめていたという事実で気を病んでもおかしくはない。おかしくはないが……。
何かにすがるような声で少女はアイザックを呼び止める。
「……い、いや待って!」
「どうかした?」
「最初にここに侵入した時のこと覚えてる? 高度二万メートルからの自由落下で侵入したときの。あのとき、地上から一カタマリになってたレース参加者が狙撃されたよね?」
「勿論アレも、アイテリウム内の住人なんて存在が見つかったからには話が変わってくる。あの銃撃は大渓谷の底の、見た目上では『地の底』から飛んできてた。あれだって多分彼らの仕業だろうから、つまり彼らは情報をやり取りするだけじゃなく、何らかの方法で攻撃する方法を持っているってことに——
「そこ! そこよく考えて。……だ、だっておかしくない?」
急にラッシュがこうやって話しかけだした理由は俺でもわかる。要するに、ラッシュは気休めが欲しかったんだろう。その証拠にラッシュの顔は比較的明るい割にこわばったままで、どことなく焦っているのが丸わかりだった。だが、そんな破れかぶれの動機の割にその意見は充分核心を突けそうな気がする。
「へ、変だよね? なんでエリア・ニュクスに埋まってるアイテリウムの……あぁもう、信号だけの知的生命体だから『シグナリアン』って勝手に呼ぶけどさ! 何でエリア・ニュクスのシグナリアンだけがそんな攻撃してきたの? もしアイテリウムの中に必ずこの子たちがいるなら、火星中で今まで採掘されてきたアイテリウムから地球人が攻撃されてないのはおかしいでしょ、この子みたいな浮かんでついてくる個体なんて今までいなかったこともそうだし。だ、だからアイテリウムの中にシグナリアンがいるのってエリア・ニュクスだけってことはないかな? でないとここでしか反撃してこない理由が説明できない!」
ラッシュはこわばった笑顔を作りながら早口でまくし立てた。動揺こそしてはいるようだが説明する口調はしっかりしている。明らかに、こいつの言うところの『シグナリアン』を自分は傷つけていないと思いたがっている様子だった。
ただ、俺はそれよりも気がかりなことがあった。
“この子”・“この子たち”……ラッシュのやつ想像してた通り、なおかつ想像以上に頭上に光るアイテリウム結晶に並々ならない思い入れを抱いているらしい。元々ラッシュがこいつを初めて見たときに一瞬“妖精”と判断していたことを思い出す。つまり最初からこの異物に対して嫌悪感をそれほど無かったということだ。その上で感受性が豊かなら数日のうちで母性本能的なものを刺激されていてもおかしくはない。
ラッシュはそんな感じで自分に言い聞かすように持論を展開すると、アイザックの顔をまじまじと見つめた。いやまぁ、こいつが今どういう答えを求めているのかは俺にだって理解できるが、さすがに相手も困るだろ、この状況。
「えーと……その、コレはあくまで仮説、そう仮説だから! 君の心配ももっともだと思うし、それにいま君が言ったことだって結果が出るまでは分からない。というか結果が出てもわからないかも知れない。だったら悪い結果が出ないように祈りながら待とう! お、落ち着いて、ね……?」
「ちょっとラッシュ、あんまりヨソの男に絡まないの!」
ほれ見ろ言わんこっちゃない。いかにも科学オタクという見た目のアイザックは明らかにこういう状況の対処に慣れていなくて、もはや駄々っ子をなだめる新米の父親のようになりながら言葉を絞り出していた。そしてベイファンは相変わらず妹分に近づく男払いに余念がない。俺は混乱し始めた場を収めた方が良さそうだ。
かと言って、今はラッシュをいつもの調子で嗜めるのもなんとなくマズい気がして。
「ま、いいや」
俺は結局そんな一言で会話を打ち切る。
「とにかく、この調子だと解析にはもうちょいかかりそうなんだろ? もうちょい時間——
爆発音。
……つっても、さすがにこうも同じパターンが続くと良い加減こっちも慣れる。そりゃ治安が悪いのはわかるが、だからってこうも毎回火器を使った急襲なんてされてると余裕というか諦めみたいなものすら芽生えてきた。
そうなると俺も他のメンバーも当然初速は落ちるというか、慌てて場面を確認するようなメンタルではなくなるワケで。
「おい今度は何処のどいつだよ……」
「まぁレース参加者数的にはこんなもんじゃない?」
「どこの襲撃者もだけど毎回派手に爆破してくるのやめてくれないかしら、修理するの大変なのよね」
「うぇ、ちょ⁉︎ 三人ともそんな呑気なリアクション……えぇ……?」
この中で一番荒事には無縁そうなアイザックだけが、他の俺たち三人のリアクションに困惑している。
そういえば今日はまだイヴを見かけていないがどこだろうか、——しかし。
「いやまぁ、お前もどうせすぐ慣れる。つーかこんなんで慌ててたらそれこそ身が保た——
『あー、カジロ・アキユキの下に集まった寄せ集め諸君。こちらΠ小隊・小隊長のトラヴィス・タヴァナーだ。こうやって各施設の無線をジャックして語りかけてるのは他でもない、平たく言や“宣戦布告”ってヤツだ。一度は諸君ら……あーなんか気持ち悪ぃな、お前らと同盟を結んだ我が小隊だが現時刻を持って同盟関係を解消、同時にお前ら一派のことは敵性組織として認識することにする。で、手始めにアリアドネ号を占拠した。交渉の余地はない、以上だ』
俺の言葉を遮って唐突に聞こえてきたメッセージは、俺たち全員を慌てさせるのには充分だった。




