19:5 - 無知ゆえに行われてきた暴力にて
「まぁ混乱するのも無理ないよ、人間が定義した生物の姿からはだいぶ外れてるから。でもコイツは“生きてる”としか考えられない」
「イヤ待てって、そりゃ石ころが動いてる時点で何でもありだけどよ——
「なるほど、人類が初めて観測した地球外生命体は地球の隣の惑星にいた、ってことかしら。確かに瓢箪から駒な話だけど、そもそも『生物の定義から外れてる』ってどういう意味? もったいぶらないで説明して」
俺の言葉を遮るようにベイファンは冷静に話を深掘りする。深掘りというより詰問って感じだ。というか何だ、今の話の遮られ方に何か違和感が……?
「まず“地球の”生命の定義なんだけどさ。一・外界と膜などの器官によって仕切られて独立していること、二・代謝を行うこと、三・子孫を残すこと。この三つが守られていて初めて生き物として認められるんだ。一は、例えば僕ら人間の場合だと皮膚によって外界から分離して独立している。鳥類なら皮膚と羽毛によって、樹木なら樹皮によって、単細胞の微生物なら細胞膜によって包まれて僕らは独立している。地球の生き物はみんなそうなってる。同じように二、生き物なら呼吸するし汗もかくし物を食べて排泄だってする。そして三、子孫を残すのだって生物の特権だ。そして少なくともこの定義では、その石ころはただの鉱物の一種としか言いようがない」
「……それはもう単に“生きてない”ってだけなんじゃねーのか」
俺はアイザックの話の腰を折った。定義から何から当てはまらないなら、それはもう生物ではないだけな気がするが……。
しかし一方のアイザックは楽しそうに話を続ける。
「いや、そういうワケにはいかない。だって、コイツには知性があるからだ。もし人間のような“自発的意思・思考能力”があるなら、例えコイツが生物ではなくても『火星の知性存在』ということになる。つまり平たく言うと“火星人”。まぁ、一人だったり増えたりするみたいだけど」
「へ? ど、どういうこと?」
今度はラッシュが聞き返す。この男、やはり話は順序立ってこそいるがスムーズでないというか、とにかく回りくどい感じがする。
「最初の“生物の定義”の話に戻ろう。まずコイツ、火星特有の金属アイテリウムの中に住んでる……イヤ、内部に“流れてる”エネルギーの塊なんだ。でも規則正しいエネルギー信号の伝達によって情報を伝達し、それによって知性を獲得していると考えられる。ちょうど精神という電気信号の集合を頭の内に宿してる人間の脳みたいにね。まぁ存在としてはもっと単純で、ロウソクが一本灯ってるって思ってくれればいい。つまりロウソクの芯に灯っている『火』みたいな、純粋なエネルギーのカタマリだ。だからこの時点で定義・一からは外れてる。細胞膜や皮膚どころか自分の体、器官なんてもの自体持ってないワケだから。アイテリウムの特殊な性質が生物としての体の役割を担っているらしい。それでエネルギーの塊内部でサイクルが完結してるから、定義の二・三である栄養を新たに摂取や排出する必要もなければ自発的に増殖もしない。それで“一人だけ”って言った意味だけど……どうやらコイツの生態も“電気”みたいなものらしくて、たぶんアイテリウムっていう金属が全体から分離すると同時に、切り離されたエネルギーも一個の生物として分裂すると考えられるんだ。つまり……ちょっと待って」
ここまで言うとアイザックは手持ちのメモ帳を取り出して小さく図を描き、それを交えることで説明を続けた。わかりやすさを重視しているのだろうが、取り敢えずメモが小さくて四人では見づらいことこの上ない。
「……つまりここら一帯の地下のあのアイテリウム鉱脈の中に一つ、ここに本来の大元になるデカい個体が一体いて、そこから分離したナッシュ嬢の頭上の一欠片の中にもそこから“株分け”された小さい個体がいるって考え方に近い。大きな方が発電機で、この小さいのが分裂した電池って考えればいいかな、そんな感じ」
「へー、根底から地球の生き物とは違っ——
「だとするならよ。今の今まで全世界でアイテリウムが使われてきてて、何故それに誰も気付いてなかったのかしら? 要するに、その解析結果が何かの勘違いってことはないの?」
アイザックの講釈に、“また”俺の言葉を遮ってベイファンが一声挟んできた。
……間違いない。さっきから意図的に、そして確実に俺を無視してきている。
さっきの会話は単にラッシュの言葉に反応してただけであって、アリアドネ号を出てから一度たりとも俺自身に向けては声を掛けてきていない。その証拠に、銭湯を出てから今までの会話、ベイファンの発言は徹底して俺という存在に言葉を返してない。つまり見えてすらいないヤツ扱い、随分嫌われたモンだ。
でもそんな事情を知るハズもないアイザックはそんなことを気にも留めずに答える。
「でも解析結果は問題ないはずだ。少なくとも、ナッシュ嬢の上の……あぁクソ、何か呼び名が欲しくなってくるな、取り敢えず“その石ころ”以外に動ける個体は見つかっていない。というか本来は鉱物に宿っているエネルギー信号の集合体だからね、そもそも体を動かす必要も、機能すらも持ってないのさ。でもこの石ころ自体がアイテリウムってことは、内側から自在に重力波を発して宙に浮かぶことも出来そうなもんでしょ? ——人間が散々“この金属を使ってやってきてた”みたいにね」
そこまで言うとアイザックは渋い顔をした。……この何かが引っかかる物言いは、つまり。
「ま、待ってよ! じゃあ、じゃあ人間が今までずっと採掘して来てたアイテリウムには全部この子たちが閉じ込められてて、人間はずっとこの子たちを苦しめてたってことなんじゃ……⁉」
行間に込められた意味に気付いたラッシュの顔がちょっと青くなる。
「まぁ、まだそうと決まったワケじゃない。詳しい解析はまだ途中だし、今まで使われてきてたアイテリウムの実物全てに検査なんてできないしね。もし解析結果で“そう”と決まったとしても、もう僕らではどうしようもできないけど」
「そんな……」
そこまで言うと、アイザックは廊下の奥を目指してくるりとこちらに背を向けた。
思いもよらないような想像の帰結に、周囲の空気が一気にどんより重くなった気がする。特に若くて感受性も豊かだろうラッシュは今や、ちょっと青いどころか“蒼白”なんて言葉ですら足りないくらいの生気のない顔色だ。いかにも沈痛で泣き出しそうな面持ちだった。




