19:1 - 仮設銭湯の男湯にて
フロウ・ビジュアライゼーション(flow visualization)
:車体表面を流れる空気を視覚化する技術のこと。ボディの表面に特殊な塗料を塗って走行することで、塗料の広がり方から気流の進行方向や渦の発生状況、乱れの位置を把握することができるようになる。日本語では略して「フロービズ」とも。
●ウェルナー症候群(Werner Syndrome)
一九〇四年、ドイツ人医師オットー・ウェルナーにより報告された遺伝性疾患。
一〇代前半~思春期末期のころに発症し、それ以後は加齢とともに通常より急速に身体が老いていく。また理由は不明であるが、発症者の六割近くは日本人とされる。
発症以前である少年期は通常の発達速度と同じく経過するが、発症以後は身体の成長加速が見られないことに始まり、頭部の白髪化・脱毛、皮膚の委縮・硬化、しゃがれ声などの症状が顕著となっていく。
三〇代に差し掛かると身体の老化とともに症状は悪化して白内障、Ⅱ型糖尿病、皮膚潰瘍、性腺機能低下、骨粗鬆症、尿中ヒアルロン酸増加などの合併症を引き起こす。この他にも腱といった軟部組織の石灰化・偏平足・四肢末梢の骨硬化といった症状が現れることもある。このときの組織の石灰化様式は他の病気とは明らかに異なり、広範囲かつ多発的に起きる症状は“火焔様”とも称される特有のものである。
そして、平均して四〇~五〇代で心臓疾患・動脈硬化・悪性腫瘍などで死に至るとされる。
「あーそれでお前の声ってなんか二四っぽくないワケか」
「だから大声でそれ言うなって。自分が死ぬ時期の話なんて聞きたいワケねーだろ、やめろ」
「でもよォ、そんなん今さら秘密にしても意味ねーだろ。皆もう知ってんだから」
「言いふらしてたのお前だろーが、あんときあの場にいたの俺とベイファンとお前だけだったろ。なら言いふらすのお前しかいねーんだよ」
頭をゴシャゴシャと洗いながら俺とティートは反響しまくる大声で会話している。ここは俺らの拠点であるアリアドネ号の、会議もしてたあの貨物室の中に急ごしらえで作られた仮設の銭湯みたいな広めのスペース。で、時間は洞窟潜入に行ったあの夜からまた一週間後の夕方。昼間の採掘作業を終えて一っ風呂浴びているところだ。
もちろん今ここにいるのは俺とティートの二人だけじゃなくて他のヤクザ連中やらその他作業員やらで男湯はごった返している。多少外観がショボくても、こういうのが存在するだけでも労働者としてはありがたい。そりゃ銭湯なんて見かけること自体だいぶ減った時代ではあるが、一回でもこういうのを体験するとちょっと認識が変わってくるというものだ。
ちなみに、日本人運営の日本式銭湯様式ということで(抵抗ある海外勢にはちょっと悪いが)銭湯内は全裸での利用が原則である。つってもまぁ、一週間近く使い続けたおかげでヨーロッパ圏出身のティートもその他海外勢ももう慣れたものだ。
「しっかし、火星まで来て銭湯使えるってやっぱ不思議なモンだな」
「そりゃ俺らだって事前の用意はしてたからな。最初の想定よりは人数増えてるから更に改造しちまってるし運営指揮もなぜかヤクザだけど、元から他のチームと組んでも使えるようにデカい湯舟持ち込んでたし、排水のろ過から循環させるシステムもボイラーとかもしっかり設計して来てんだ。勿論そのぶん燃料代は嵩んで、もともと湯も濾過・洗浄した排水・汚水だって思うと気分悪ぃけど」
「なんでワザワザそれ口に出すんだよ! お前こそやめろ」
サバイバルにおいて燃料は確かに大事だし、それならわざわざこんな豪勢な設備を用意するなんて大げさに思われるかもしれない。しかし、そんなものよりもっと気を付けなければならない要素というのも勿論ある。『クルーのストレス』だ。こんな環境でのサバイバルとなると当然拠点内での集団生活になるワケで、そうなるとストレスの蓄積なんてのはコミュニティの崩壊にも繋がりかねなくなってくる。
で、こんな設備を用意する余裕のない時代ならイザ知らず、重力操作を始めありとあらゆる技術が発達しているような現代なら対策もいくらでも出来るってワケだ。
「にしてもさ、お前の病状って聞いてたヤツと合ってる部分と違う部分あんのどういうこったよ? 確か症状的には子供の時から身長伸びづらくなるんだろ? けどお前、俺より身長あんじゃねぇか」
ティートが俺に尋ねた。周りがヤツらが遠目に『そんな突っ込んだこと聞くなよ』とかヒヤヒヤしてるのもお構いなしだ。
「……俺の症状のほうが割に特殊で、成長期はフツーにあったっぽいってよ、発症も遅くて二十歳ごろ。普通は十代で発症するんだと。そのへんはまぁ個人差みたいなもんだろ。けど、このまま行きゃ“身長は間違いなく縮む”とは言われた。老化で骨が体重に負けて“ツブれ”ちまうらしい」
俺もまた、周りの気遣いだとかそんなのお構いなしで答える。
「へー、そりゃ今みたいな仕事で良かったな。お前は肉体労働じゃねーんだし」
「まだそんなん気にされるほど症状ひどくねーわ」
アイテリウム採掘における俺の“業務”はというと現場の指揮。町長業務に加えて、教師役から引き続きヤクザたちを始めこのレース参加者の荒くれどもの統制を取るのもやっぱ俺たちの役目だった。とはいえ今は皆、地下の鉱脈を掘ることに対して都合が良いくらいに熱中している。そりゃ、掘れば掘るだけで掘ったもの使ってそのまま遊べるんだから当然か。
取り敢えずヤクザ連中はやっぱ“つくづく現金なヤツら”ということにしとこう。
あと、現在の状況は不本意なことに、以前イスルギが言っていた通りになっていた。つーかこの仮設銭湯自体もアイツの案から生まれた物だ。どうせ作業員であるヤクザたちは酒場でもあるマダム・バタフライに押し掛ける、なら土埃まみれで押し掛けるより一旦ここで身を清めさせた方が向こうに迷惑が掛からないだろと説き伏せられ、俺らはありものの資材で慌てて作らせた。男たちは仕事を終えるとアリアドネ号へと立ち寄っていそいそと身支度を整えるワケだ。
まぁ、ここが出来た理由はそれだけではなかったりするんだが。




