17:5 - 心労と信頼とウサギの足にて
「なぁ、いま被害状況分かるか?」
「分かるわけないでしょ! ただでさえゴタゴタなのにこんな煙の中じゃ余計に……それよりラッシュどこ⁉︎ あの子ケガしてないわよね⁉︎」
「母親かよ」
返事にベイファンはいかにも余裕がなさそうに声を上げる。前々から思ってはいたが、アイツの保護者気分か何かが抜けないらしい。つーか保護者ってよりやっぱちょい、こいつラッシュに対しては過保護気味というかなんというか……。
「さっき見たときは無事そうだった、半泣きだったけどな。取り敢えずケンゴにフォロー頼んどいた」
俺は若干呆れつつも手短に説明する。が、ベイファンは余計に顔を険しくした。
「あのチンピラに⁉︎ まったく何でよりにもよって……!」
「イヤ、おい待てって! ラッシュ探す前に答えてくれ、さっき『やっと見つけた』っつってたよな? 俺んこと探してたんじゃないのか」
「そ、そうだった」
駆け出しそうになるベイファンを必死に呼び止める。どうやら向こうにも呼び止めに応じるくらいの理性は残っていたらしい。
「アキ、これ一つくらい持ってって。さっき捕虜から回収したあの変なフック付きの装置がこのバッグに集めてある。だっておかしいでしょ? 持ち運びも使い方もよっぽど便利そうな銃器じゃなくてこんな取り回しにくそうなもの装備してるなんて。アレ相手にハンドガンの威力でどうこうなるとも思えないし、最低でも鈍器として使えるでしょ。アナタお得意の“念には念を”ってヤツよ」
頭が冷えたのか、ベイファンは割かし丁寧に説明してからバッグ内の装置の一つをぶっきらぼうに突き出した。
押し付けられながらも観察してみるも、やっぱ工場とかで使用されるようなかなりゴツいフックだ。大きさはフックだけで十センチほど、鉤部分はカーブ浅めかつ先端が鋭く研がれていていかにも刺さりやすそうだ。それをフレームとよく分からない機械部分で前腕に固定するらしい。しかし、それ以上はやっぱりよく分からなかった。一つは女の腕力でも持てないことはないギリギリの重量だがそれでもそれなりに重いのには変わらない、いや、フック装備するだけでここまで重くて機械組み合わせる必要は無いって考えるとこの前腕部パーツはもしや……。
「ちょっと! いまボーっと突っ立って呑気に分析してる場合⁉︎」
「いたいた、やっぱりアキだ! いつもの考え込むクセ治してくれてなくて助かったよ」
おっと危ない。ベイファンとイヴの声で俺は、変なタイミングでたまに湧く謎の集中力から気を取り戻した。ま、何にしても目印代わりになったのなら別にいいか。
「で、アキはあと何本発煙筒持ってる? もう無い?」
「二本ある! でもどうすんだ、さっきは上手くいったけどこんだけ煙まみれじゃもう反応されるかどうかも怪しいだろ」
「いや充分だ、一本貰うよ」
イヴはそれだけ言うと、俺の差し出した手から発煙筒を一本だけひったくって走り出した。でも今さらあんなモン一本持ってどうしようってのかはよく分からない。未だにこの男のこういうところが少し苦手だった。言葉少なってーか何考えてんのか分からないってーか。
相変わらず似合わないウサギ耳を振り乱しつつ男は発煙筒に火をつけるとムカデ要塞の正面に躍り出る。白く濃い煙の中でも発煙筒の赤い火はよく見える。それも煙で光が拡散されるワケで、それこそ必要以上に。そんな中でイヴはまっすぐゆっくり、ムカデの操縦席からでも見える煙の外へと進み出た。要塞のほうもすぐにイヴに気付いて向き直る。
その途端、弾かれたように中年男は飛び出した。
左脇に一歩で、だいたい三メートルほど。
踏み出したイヴは、そのままの向きに残像でも残しそうなスピードでホールをジグザグに突っ切る。ムカデ要塞は顎の大型ドリルをことさらに回転させて、文字通り牙を剥きながらイヴに襲い掛かった。長く重そうな巨体を伸ばして、地面ごと摺り潰そうと真っすぐに。……だが、間に合わない。
それもそのハズで、いくら図体がデカくて俊敏に動けても、操縦してるのが人間の目と手とくれば当然生身の反応速度には劣ってしまうからだ。しかもただでさえ小回りが劣る上にこの素早さ、むしろ常人の反射速度程度では追えるハズもなかった。一足で三メートル進んで見せたイヴは姿勢をさらに低くし、本気を出した陸上選手みたいな体勢で力強く地面を蹴り続ける。
うっかり忘れそうになる(というか忘れていた)が、そもそもイヴは兎人種なのだ。そうでなくても、いくら小太りとはいえ巨漢フランス人の一歩はそもそもデカく、本気を出して走るだけでもかなりの速さになるのは想像に難くない。その上で兎人種特有の発達した長い足に強靭な脚力、そして何よりウサギが本来持っていて遺伝子に受け継がれた“逃走”本能。穏やかな口調と体型で誤魔化されていたがイヴもれっきとしたスプリンターのようだった。もしかしたらその体型を作っているのも贅肉ではなく実は筋肉で、みたいなことなのかも知れない。そう思ってしまうぐらいには動きが速い。
火のついた発煙筒を振り回している以上、さっきまでの俺と一緒でイヴはヤツらにとってのお邪魔キャラだ。しかも俺なんかよりずっと機動力がある。優先して排除に回らざるを得ないんだろう、ムカデ要塞は一際地面を這うような動きを強くしてイヴの背中を追っていた。
なるほど、なるべく“足の踏み場を無くそう”っていう工夫は評価したいが、そもそも『お邪魔キャラは面倒なのでいったん無視する』というゲーマーならお馴染みの戦術を取らないあたり向こうにテレビゲーム慣れしてるヤツはいなさそうだ。
「オッサンまじかよ……」
煙に覆われていない向こうの方でイスルギが呆気にとられた感じのつぶやきが聞こえる。どうやらコイツも騙されていた側らしかった。というか見破れていたヤツがいるとも思えない、動けるデブにもほどがあるだろ。
しかしそうする間にもイヴの足はさらに速くなる一方で、発煙筒から出る煙と光は本格的に視界を塞ぎ始めていた。そういえばさっきまで聞こえていた悲鳴も小さくなり、今や怪我人が痛みに耐えるうめき声が低く聞こえる程度になっている。そんな中でイヴの足音と発煙筒の音、それから要塞のエンジン音やドリル音だけがやけに耳についた。
イヴは兎人種の名に恥じないような完璧な踏切で地面を蹴ると、ムカデの長い胴体の上に飛び乗って、その背をなぞるようなコースで駆け抜けていく。
要塞を操縦してる側も頭を使ったのか蛇が巻くとぐろのようにすることでイヴの行く先を塞ぐが、イヴは何でもないようにその頭部の上にさらに飛び乗って、それからムダに一周スピンした。……どう見てもパイロットをおちょくっている。
「なに遊んでんだアイツ……」
「アキ、ボーっとしない! こういう時に場を引っ掻き回すのはアナタの専売特許でしょ、行って!」
「いや俺かよ」
そんな様子を呆れつつ眺めているとベイファンに小突かれた。待ってくれ、いくら何でも人のこと酷使しすぎじゃないか? しかし。
「私は……私には、そんなこと出来ないもの。頭でっかちで知識だけで、でも機転効かなくて反射神経も無くて。おまけに体力もないでしょ? こういう時に活躍するのは殆どアナタよ。そりゃ、たまに私にも何か出来ることはあるけどアナタのがずっと多い。要するに認めてるってことよ、大人しく頼られときなさい」
不意に、褒められた。
「……いや、お前のがよっぽど今そんなタイミングじゃねーだろ」
「頭ごなしに命令した謝罪も兼ねてるって思って。早く行け」
ベイファンに今度は後ろ手の親指で向こうを指さされる。けっきょく命令じゃねーかよ。まぁ、態度こそ横柄だが滅多に他人を褒めないヤツから褒められたぶん悪い気はしない、じゃあしゃーねーか。
とまぁ、そんなこんなで煙の中から俺は送り出された。




